Last updated:2000/03/07

−オバケのQ太郎編−

このページから3作は、筆者Toshiがエイトマンに次いで
大好きな「藤子不二雄」
の代表作についてお送りします。


妙な前祝い??>
オバQの放映が開始になったのは、昭和40年でToshiが4歳
で幼稚園に通う前の頃です。それまでのアニメと云えば、アト
鉄人エイトマンと正義のヒーローばかりと云っても過言
ではなかったのですが、それまで生きてきて初の?ほのぼの
としたズッコケお笑いヒーローの誕生と云った感じでした。

第一回目(予告編?)の放映は今でもずっと記憶から消えな
くらい相当変わったもので、イベントホールからライブ放映
と云ったオープニングセレモニー的な
もので、ぬいぐるみを
着たもちろんアニメじゃない変な「オバQ」が沢山出てきて、
どうやらこれは、「忍者ハットリ君」同様の実写版なのかと錯
覚し姉と一緒に大いに失望した思い出があります。
ところがどっこい、2回目(初回?)の放映からは、ちゃんと
アニメのオバQが登場し、本当に喜んだものです。
何しろ父親すらもこのオバQは好んで観てましたから、今思う
と放映していた日曜の夜7:30は、Toshiの一家にとって最高
な一家団欒の一時だったのかもしれませんね??(笑)
それにしても、初っ端の放映は一体何だったのでしょう??
これも当時のスタッフに是非伺ってみたいものです・・・・・



声優はアニメの命!?>
上の絵は裏表紙からスキャンした物で、右下の出演の欄
がかすかに読めると思うのですが、
オバQの声優は曽我
町子
が演じていました。現在で云うとサザエさんの加藤
みどりやドラえもんの大山のぶ代のように当時では完全
にオバQが代名詞になっていました。
ハスキーでいながら
優しさがにじみでた声にToshiは大いに魅了されちゃいま
した。おそらく当時の子供から大人まで彼女の声を気に
入っていたと思います。こぼれ話しとして、その美声?を
出すのは相当な無理と苦しさがあったとの事です。(笑)

右絵はToshiの小学4年の頃(昭和46年)リニューアルさ
れた「新
オバQ」です。期待された声優も一新してしまい
(声優は決して悪くはなかった)4歳の頃のオバQの感覚
を取り戻す事なく放映を終えてしまったと思います。
しか
もこれはソノシートではありません・・・・そーです、この頃
には既にソノシートの製造はストップされていた筈なんで
すね・・・寂しいなぁぁ〜・・・・
(涙)

<盆踊りの定番!?>
「キュキュキュのキュ、キュキュキュのキュ、オバQ音頭
でキュッキュッキュッ♪!」
っと放映が終了した2〜3
年後も、学区民の盆踊りはこの曲に合わせて皆踊って
いたと思います。真夏の夜に母におんぶしてもらった
Toshiはこの曲によって初めて盆踊りの存在を知ったの
ですよ。(笑)
 今Toshiは遠い日の夏の夜にマジでタイムスリップした
くてしょうがないセンチメンタルな状態でございます・・・
<早く針を替えてよぅぅぅ!!>
左絵上はレコード針のCMなんですが、当時は小さな
ドライバーを使ってアームにネジ止めするタイプの物が
主流だったのです。こーゆーメカ関係の作業?は、やっ
ぱり父親が担当でしたね。「パパじゃないと針は付けら
れないの!!」って母に言われて父親の帰宅をひたす
ら待ったのはいい思い出ですね。まだ父親ってものに
十分な威厳があった時代でしたから??(笑)
オバQがいかに人気が高かったのかは、上絵のソノシートCMが他に3集も出ていた事が証明し
ています。
まさにこれこそが藤子不二雄作品の原点だったように思います。ごく一般的な家庭
が背景になっている事が、アニメと云えども、より親近感溢れるものとなったのだとも思います。
藤子不二雄シリーズの第二・三弾も同様な庶民的で嫌なことも吹っ飛ぶような作品ですので、
藤子不二雄ファンの皆様はどうぞご期待下さい!!

オバケのQ太郎

製作プロ:東京ムービー

放映局:TBS

放映期間:1965.8.29〜1967.3.26


原作:藤子不二雄

パーマン編

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