| 28日 |
わたしの今年特集
私の今年 弦気
1、市の家屋耐震診断第2次受診するも工期長過ぎるため断念し、代わりに県の土木
次長紹介の設計事務所、工務店による改修工事実施。
2、ヴァイオリン10年振り調整、駒取替え。
3、ピアノ調律師の紹介のM嬢とスプリングソナタ合奏。次回「大公トリ
オ」を目標とす。
4、大人のためのピアノレッスンお試しコース受講、3回のみにて止める。
5、8月16日震度5強の地震。被害なし。
6、左耳補聴器試聴するも効果なし。「美聴ハンディ補聴器」買う。
7、「せせらぎ短歌会」歌集作る。
8、胃潰瘍再発、去年の胃潰瘍治り切らない内に薬止めた為再発す。
9、短歌作りを数年前断念したが最近ちょっぴり創作意欲が出てきて
朝日宮城版に投稿、2首載る。
10、眼鏡落としてレンズ割れ、アイザワでレンズ注文、ついでに読書用
老眼鏡も5年ぶりで更新。
私の今年 大丈夫
1、 3月に完全にサラリーマンをやめたこと、今はボランティアのみ。
2、 絵画グループ展・スケッチ旅行など各種参加できたこと、来年は30〜50号に挑
戦。
3、 98歳で親父が8月に永眠、看病・法事と一区切り。
4、 定年時に始めたウオーキング累計18,300`、目標地球一周40,000`であと
22,700`。
5、 乱読・速読で今年は440冊、来年は精読・再読でたまった本は処分予定。
6、 運動能力・記憶力の減退からかゴルフスコアはまとまらず、英会話は覚えられ
ないが、来年もあきらめない。
喪中の為、新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。本年はいろいろとお世話になりあり
がとうございました。
来年も又、たくさんの楽しいことを、気持ち良くやりましょう。
良いお正月をお迎えください。
わたしの今年 あかとんぼ
総論として、気力の減退を感じました。
各論として
1.七十路会年間23回の会合に1回のみ欠席。皆勤賞を逃がす。
2.七十路会の起原であるPCサロンは準会員になりました。
3.パソコン教室は81歳のMさんのホームページ作成の専任のみとなりました。
4.毎日曜日の実施の瑞鳳殿のボラガイド、年間52週にプラス?で自己年齢回を達成しましました。
5.瑞鳳殿ボラガイド、読売新聞・同HPで紹介、励みになりました。
私の今年 宇宙
1、沖縄で新年を迎え首里城で、お屠蘇を頂く、戦争中の激戦地訪問,冥福を祈る。
2、仙台悠遊ソフトテニスクラブ(会長は86歳男性)に入会(八月)
3、宮城大学の調査「運動習慣が中高年の体力に及ぼす効果の検討」に協力し6分間歩
行テスト685m、状態起こし30秒17回で良の成績達成
4、「ブログ心」を公開して365日目の三月訪問者10,000件突破
5、「ブログ心」に「進化しすぎた脳(池谷裕二著)」を読んだ感想を記事にした。
それを読んだ朝日新聞編集部より一行書評として採用を依頼された(匿名を条件に了とす)
朝日新聞の出版広告欄に天外司朗さんの書評の隣の行に小さく載った(三月)感動
6、NHK文化センター仙台・泉教室講座「童謡・唱歌の世界」へ四月入講・九月に妖精
の里・沼沢湖かねやま音楽祭に参加・宇宙の参加記事が福島民報に載る。
7、八ヶ岳高原を4月に散策中「希少絶滅危惧品種の翁草と幸福を呼ぶ鳥"クリビタキ
と出会う」ここで宮沢賢治の名作「おきなぐさ」を知った。
8、高木東六作曲「空の神兵」この意味、なぜ神兵なのか解らなかったが
「我が青春のメナド(小坂清見著)」を読んで75歳にして知った。感動
8、天外司朗さん・中村じゅあんさんジョイントin仙台に参加(7月)中国鬼谷算命占学
の講習を受ける.天外司朗さんの講演「心の時代を読み解く」等々非常に感銘を受けた。
9、彗星探索家 有賀哲夫さんから八ヶ岳で星空撮影講習会を受講(11月宇宙誕生日)
はじめて火星撮影に成功
10、大腸潰瘍摘出開腹大手術してから6年半経過十二月の外科定期検診で検診終了宣告あり。
わたしの今年 一丁
1年が経つのがだんだん早くなるような気がする中で、今年も暮れそうです
■ 心臓の血管にカテーテルを入れる検査で、生まれて初めて入院を体験。
■ 妻のお母さんが92歳で天寿を全うした。
■ 羽黒山の石段のぼり、毎年これで最後にしようと思いながら、今年も登った。毎年スピードは落ちるが、ナントカ登れるのは嬉しい。
■ 土門拳記念館を見て、プロとアマの違いを痛感した。
■ 墓参にかこつけて姉弟会を催し、、一同で本家と菩提寺を訪ね、能登まで足を伸ばして、朝市を観光した。レンタカーを借りるという初体験もした。
■ PCサロンで担当していた役目をすべて退いて、フリーになった。
■ 21インチの大型モニターと新しいデジカメを手に入れて、パソコンでの映像処理が樂に楽しく出来るようになった。
私の今年 クラシック
信じられない様な速さでアッという間の一年間。嬉しいこと、悲しいこと、色々あった筈なのにいま思い返すと全てが淡い色彩の中に、ホンワカと浮かび上がって見えるだけ。
と、言うことは個人的には慨して可も無く、不可も無く過ぎたと云うことでしょうか、(そうそう自己管理の甘さでヒックリ返りましたっけ・・・)私の周りては穏やかに時が過ぎてゆき、優しく季節が移り替わって行きます。
地球規模では地震あり大津波あり、日本でも北陸の地震に大雪と苦しんでいる方々が多いのは心の痛むおもいです、中東の戦争も気になります、子供達が可愛想です罪のない多くの子供達が・・・。何時も思うのです、この大きな宇宙のなかの小さな青い地球星がせめて人災だけでも無くなって、ほんとに輝く平和な美しい地球星になってくれたら・・・と。
個人的には孫が一人増え私は幸せです。世の中の事に「心をふるわせながら」も結局は私はささやかな募金をして又新しい年を迎える事になるでしょう。そして、また少しバアバになるでしょう 。
ハッピー ニュー イヤー
私の今年 りりー
嬉しかったこと
大病でどうなることかと心配していた八十二歳になる姉が元気になって退院できたこと。
遠方に住んでいる姉妹に会えたこと(秋田市と山口市)
今年印象に残った本
火天の城 山本兼一著
信長が築いた安土城を棟梁たちを主人公にして書いてある。あの信長が施主ですからすごいドラマがあり 面白かった。
ユルスナールの靴 須賀敦子著
霧のむこうに住みたい
ミラノ霧の風景 コルシア書店の仲間たちなど
須賀敦子全集には手に届かないが惹きつけられる未知な場所懐かしいところに連れていかれ人々の息づかいまで伝わってくるような本だ。
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| 27日 |
手書き文字 あかとんぼ
賀状は 手書き それも 毛筆 でなければと凝る方います。
その方々は 一般的には機械印字が出来ない方です。
これからの時の流れに即応しているのはドッチだ、悔しいかと、ブツブツ云いながらも、でも毛筆の手書きは味があるな、負けると内心思いながら、毛筆体で印字しています。
秋に、自分の書いた文字が「まるで手書き風のフォント」になるソフトが発売されました。
気力は衰えても好奇心は衰えない「あかとんぼ」は挑戦しました。
ワードのフォント欄に「あかとんほ」と登録され、実用化しました。早速作文をして、身近な人に見せました。癖・個性が強調され読みにくいとの評でした。
当然でしょう。生来の悪筆故に 機械に頼ってきたのです。
今度は、癖・個性が強調されない手書きフォントに挑戦してみます。それでも、あかとんぼの手書き風として納得して貰えるものになるでしょうか。
機械と生身・個性の融合は 何処まで出来るか、軽く考え込んでいます。
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| 25日 |
シクラメン 一丁
冬は咲く花も少ない中で、シクラメンは花期も長く、寒さにも強いようで、わたしの部屋にも一鉢置いてあります。
和名は「篝火花」だそうですが、最近は赤い色だけではなく、花の色もいろいろあるようです。
ところでこの花、花弁反り返って咲きます。
どの時点で反り返るのか、つまらないことに興味を持って、つぼみから、咲くまでを写真に撮って見ました。
師走で何かとお忙しいお方も、一休みしてご覧あれ。
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| 23日 |
夕陽 弦気
夕陽のこともう一つ加えます。私は東北の太平洋側は奥羽山脈に遮られて海に沈む夕陽は見られないものと諦めていましたが、そうでもないと教えられました。
石巻市に万石浦という所があってそこは夕陽がきれいに見られるところであると。確か教え
てくれたのは赤とんぼさんじゃなかったろうか。
旅館はその名も綺麗な「華夕美」、万石浦に沈む夕陽の情景は旅情を一層かき立てるなどうたい文句にある。
地図で見るとこんな小さな湾で果たして海に沈む太陽が見られるのだろうか、ちょっと意外ではあるがそのうち是非一度行ってみたいと思っている。
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| 22日 |
ALWAYS 三丁目夕日 を観て りりー
評判を聞いての久しぶりの映画鑑賞です。
東京タワー建設中の昭和33年、情緒ある下町の住民の家族の触れ合いを描いた映画です。
あの時代の懐かしい風景や初めて見るテレビの新鮮な驚き洗濯機、冷蔵庫、扇風機次々出てくる便利な新製品の数々。
集団就職の上野駅の様子。夢と現実の落差。
狭い路地を体を斜めにしながら通り抜ける元気な子供たち親子間の厳しいながらも暖かい触れ合いなど美しい夕焼けを背景に見られます。笑ったりほろりとしたり二時間余り飽きずに見ました。
上映時間に5分ほど遅れて真っ暗の部屋に入った時、きくさんから戴いた優れものが大いに役に立ちました。嬉しかったです。
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| 20日 |
夕日考 大丈夫
夕日は私の好きなものの一つです。
私のパソコン・スタート画面には常に何処かの夕日の写真が「背景に設定」されています。
昨年見たアメリカ・グランドキャニオンの朝日も素晴らしかったけれど、10年以上前に見た青森県深浦町・不老不死温泉の日本海海岸・露天風呂に浸り眺めた落陽は印象に残っています。
真っ直ぐに目線の先、波頭の向こうに沈んでゆく夕日はほんとうにセクシーでした。
「吾もまた、夕陽の中に、溶けてゆく」
インターネットで世界中の夕日の写真映像を見ることが出来ます。
勿論、山・平野などの落陽もよろしいのですが、陸地よりも海に沈んでゆく夕日は最高ですね。
写真映像からは風・海の香りと、潮騒の音が感じられます。
来年、是非また日本海の夕日を眺めに行きたいと思います。 |
| 19日 |
夕陽 弦気
今日19日、七十路会HPの扉絵が夕陽の写真に変りましたが、「夕陽は沈まない」これはシニアネット仙台の原点になった河北新報社編の本(中高年の生き方実態の探訪記を纏めたもの)の題名
です。
「初夢や 夕陽は昇る 七十路かな」
これは七十路会の原点になった弦気作の川柳です。
私は朝日より夕陽が大好きです。夕陽は何といってもドラマチックです。
絢爛たる夕陽!夕陽が沈むように死ねたら良いだろうなあ |
雪かき あかとんぼ
今朝の大雪は公式には七センチ 実際は倍の積雪でした。雪かきを楽しみました。
「明朝は積雪があるでしょう」と夕食時に天気予報が出たら、夜更かしなしで、早々に就寝します。
うっかり 寝過ごすと 向かいのオジサンが雪かきする音がガラガラと聞こえます。
向かいのオジサンも雪かきが好きなのです。ウッカリしていると向こう三軒両隣の門前・路上の雪かきを綺麗にしてしまいます。
せめて、自分の門前・路上の雪かきをする楽しみを奪われない為には、早起きすることなのです。
今朝は大雪に音が吸われたのか、ガラガラが聞こえずウッカリしていたら、「なにしているの もう 始まったよ」の声にいそいでで出ました。
自分の権益?は確保しました。
このオジサンに「好きですネー 上手ですネー 生まれ育ちは?」「ハイ 北海道です。雪の降らない仙台と云われ 引っ越してきたのに ふりますネ」とニコニコしながらの返事でした。
成る程と納得しました。雪かきマニアルが同じ雪国仕様なのです。
車も人も歩きやすく、塀や屋根からの落雪にも心配ないようは、道路中央から塀の方向に雪を寄せます。
秋田で一緒に仕事をした、先輩・同僚・後輩の諸氏、仙台転勤となり、そのまま、永住しました。宅地を求め永住を決意した際のセリフ。一様に「冬でも青空がある。
雪かきしなくていい」でした。
でも、先日の忘年会で語っていました。「雪かきは楽しい」と。
雪かきマニアルはやはり同じ雪国仕様でした。
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| 18日 |
平成17年最後の談飲会に参加して 宇宙
平成17年最後の談飲会が12月17日「萩の茶屋」であり歳を重ねた人の心と身体の老化についての話が湧いた。私こと宇宙も11月に75歳を迎え会員の方々から祝福の、お言葉を頂き幸せであった。「幸せとは毎日々が何事もなく静かに時を刻んでゆく流れに乗って行くことが最高の幸せと思う。
オリオンさんと言う方から誕生の言葉に馬場あき子さんの短歌を添付し贈られた。
「まはされて みづからまはりゐる独楽(こま)の 一心澄みて 音を発せり」
馬場あき子さんは次のような心境を歌われたと思われる。
「この私も、人に指導されて(あるいは神の力で)この道(短歌の道のことか、あるいは人生のことか)にはいったのだが、コマのように、いつかは寿命が尽きるかもしれないが、それまでは無心で回り続けたい」。
この独楽の心が青春と思う。宇宙も無心で生きて行こうと思った。感謝
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文芸春秋新年特別号 大丈夫
久しぶりに文芸春秋を買いました。
新年特別企画、各界オピニオンリーダー32人が選ぶ今の日本の時代を読み解くキーワード『三つの言葉』
各人が『三つの言葉』を挙げて、それらを解説するという趣向。
文学の衰退著しく、小説など読む事も無くなり、新聞は見出しだけには目を通し、メールだ・ブログだと言いっ放し・書き散らし・たれ流して忙しくしている現代人。
そいう我々にとって800字という文章のコラムは読み易いものです。
一方、短い文章は短い挨拶と同じようにまとめるのが非常に難しいものです。32人ともさすが文章の達人、簡潔にまとまっています。
人選もまずまず、しかしこの手の企画にはクライシスモンガ―(危機を煽る奴)や、必要以上に大物ぶったり預言者的な発言をする奴はやっぱりいます。
なるほど、そしてウーンとうなりました。印象に残った3人
・ 天外伺朗 『パラダイム・シフト』 『合理主義の破綻』 『意識の成長・進化』
今非常に大きなパラダイムシフトが起きている―――今は個人や企業の剥き出しの欲望を推進力とする「競争社会」だが、次は競争を是としない「成熟社会」であることがわかる。その担い手は、学校や企業での競争を拒否した「引きこもり」や「ニート」だと言ったら、皆さんは驚かれるだろうか。
・ 森永卓郎 『構造改革』 『自己責任』 『自暴自棄』
小さな政府をつくって、資源の配分を市場原理に任せようとする「構造改革」は大きな所得格差をもたらす。そうした大きな格差は能力や努力の結果だけでもたらせたものではなく、運で決まる部分も非常に大きい。市場原理の強化で殆どの人が下層社会に落ちてゆくが、その後、彼らはもうはい上がれない事を良く知っている―――。
・ 車谷長吉 『無関心』 『好奇心』 『おしゃべり』
―――日本の精神風土はTVに席巻され「無関心、好奇心、おしゃべり」の時代を迎えたが、この異常な情報過多に翻弄され、空騒ぎを繰り返し、ただ虚しく生死を消費してゆく―――
本、特に週刊誌・月刊誌などの定期刊行物には当たり外れが多いものですが、
今回の文芸春秋は読み応えがありました。700円では安いと思います。
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| 16日 |
ある詩との出会い クラシック
先日リリーさんから一本のテープを拝借しました、思いがけない懐かしい出会いでした。
そのテープは「サミュエル・ウルマン青春の詩」。
そう かれこれ17,8年前にも成りましょうか、私はその頃やむを得ぬ環境の変化から、やみくもにただ働くだけの毎日でした、物事や人生を深く考える心の余裕も時間もなくむしろそう云う事は意識して遠ざけていたと思います。わずかに希望と言えるのは息子達の成長だけ、私の心は疲れ果て萎えて老人の様でした。
そんな時ある方からウルマンの詩を紹介され励まされました、ウルマン氏とその方に背中を押されたのです。『青春とは −−」に始まるこの詩は以来私を励まし見守り続けてくれ仕事を辞めるまで私と共にありました。
いま改めてリリーさんのテープを聴き詩を手にとって読みかえしています、老いていく今こそじっくりと味わい気力を戴けるような気がします。(ただし訳者によって表現に多少違いがあるようですが)
青春 サミュエル・ウルマン(岡田義夫訳)
青春とは 人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ
優れた創造力、逞しき意志、炎える情熱、勇気、安易を振り捨てる冒険心、こうゆう様相を
青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚の皺を増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶、疑い、不安、恐怖、失望、これらのものが人を老いさせ、精気ある魂を芥に沈めて
しまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か、曰く驚異への愛慕
心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅
な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。
人は 信念と共に若く 疑惑と共に老いる。
人は 自信と共に若く 恐怖と共に老いる。
人は 希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より 神より 人より、美と喜悦 勇気と壮大 そして偉力の霊感を受ける限り、人の
若さは失われない。
これらのものが絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥まで覆いつくし、皮膚の厚氷がこれを固
くとざすとき、人はまったく老い朽ちる。
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| 10日 |
日記 あかとんぼ
5年連用日記のページも残り少なくなり、間もなく完結です。
と申すことは、5年間 無事生きてきた証です。
日誌のつけ始めたのは高校生時代で、ノートでした。博文館の単年度日記になり、ある時から3年連用になり、5年連用日記になりました。
5年連用日記に切り替えた時、若干悩みました?
果たして、5年間書き続けられるか、もしかして、途中で 川を渡る旅に出て、書けなくなるかもしれない。そうなれば、白紙のページが残る。それは「勿体ないな」「悔しい」とのヘンナ発想からです。
こんな詰まらない発想を持ちながら、5年連用日記の4冊目が終わるところです。
さて、5冊目です。
若い時は1頁たっぷり書いていたのが、3年連用から、5年連用で 間に合うようになり、最近は、天気以外の記事が2行で終わる日もあります。まさに10年連用でも間に合う位 書くことが激減しました。
さて、これから10年間 日誌を書け続ければ、八十路です。気力・体力・寿命が続くのか?
ウンーと考え込み 10年連用日記を買うのを諦め、之までと全く同じ装幀の5年連用日記を買ってきました。これなら、白紙のページを残すことはないだろうなと思いつつ。
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高齢化雑感 宇宙
仙台市内の町内会のなり手不足や住民の関心低下してることが、東北都市社会学研究会が町内会長を対象に行ったアンケートで分かったと河北新報9日付夕刊で報道されていた。
朝、町内を散歩していてすれ違った人に「お早うございます」と声をかけると大抵は笑顔が無く無口で会釈だけが多くなった。団地道路脇に「〇〇家」の案内看板が目立って多くなっている。子供たちの登校する姿を見ると心が和むが!声はかけられない 「知らない人から声をかけられたら注意」と教えられているのだろう 昔は子供の方から「お早うございます」と明るい声をかけられたものだが・・毎日の如く悪者の手にかかる子供が多い世相になった。したがって高齢者達は益々無口で無表情で散歩することになる。これからも平均寿命は更新される傾向にあるが良い事なのかな〜と思う。
「八十歳が 下座に並ぶ敬老会」と言う川柳がでるようになった。「物騒な日本も やがて銃社会」・・・これはごめんだ 午前9時ころのバスは殆ど老人乗客である、通院が目的である。「老人(宇宙)が 老人に席を譲る」ことが多くなった。
平成17年も矢のように過ぎ去る。「アッという間に飛び去る今年・・・来年はゆっくり走って欲しい!」ある86歳の先輩から出た言葉にすかさず相槌を打つ宇宙サムエル・ウエルマンの「青春の詩(うた)」を”りりーさん”からお聞きした。
「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う・・・・・」と青春とは心の若さである。来年は宇宙も「喜寿の青春だ!」宇宙に限りなく近ずく。
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| 9日 |
年賀状 弦気
大丈夫さんは500枚も年賀状を書くようですが随分多いですね。 私の身近な者は大抵多くて300枚少なくて50枚(主に女性)、サラリーマンOBは2〜300枚が一般的だという印象です。
世の中には3千枚も5千枚も書く人がいるらしいが、そういう人は何かしらユニークな人が貰って喜ぶようなものらしいですね。書く人もそれが楽しくてし様が無いと言う感じです。
代議士は秘書に書かせて何千何万枚送ろうが、これは年賀状の最低の見本と言うべきでしょう。
私は以前は200数10枚でしたが、70才になった機会に半分以下に減らしました。単なる儀礼的、惰性で交換している人、年に何度も会ってる人、好きでない人、これらの人には前もって年賀状廃止を宣告しました。今は約90枚です。枚数もこのぐらいですと書くのが苦にならず助かります。
5年ぐらい前からスケッチ画をプリンターすることにしています。パソコンと連動させることがまだ出来ないのでプリンターは単にコピーするだけです。
私が年賀状に写真を載せたのは48年前、結婚した年でした。といって新婚夫婦の写真ではありません。当時鎌倉の材木座海岸のすぐ傍に間借りしてましたので海岸に出て砂浜に棒で「賀正」と書き漣がその傍まで来たところを撮ったもので吾ながら芸術写真としても上々と思ったし、大分評判も良かった。
その後毎年写真を載せたが、いつの間にか控えが1枚も無くなってしまったのは残念です。
決まり文句を印刷しただけの年賀状ほどつまらないのはありませんね。でも90歳ぐらいの人の年賀はたとい印刷だけでも生きてるよと報せて呉れるようでうれしいものです。
普通の倍の大きさの年賀状に近況を細かい字でびっしり印刷して寄越す男がいます。内容にもよるがこういうのは年賀状には不適ですね。
私は昨日、今年の年賀状は書き終えました。
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| 6日 |
年賀状 大丈夫
今の時期、皆さん年賀状書きにで忙しい事と思います。
私はというと根が不精者ですから、追い込まれないとその気になれなくて、毎年12月も押し詰まって500通弱の宛名書きでふうふう言っているのが恒例です。
今年は、8月に親父が永眠いたしましたので、「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます――」と年明けの「寒中お見舞い申し上げます――」
2本立てでいこうと思っています。
日本では欧米のカードをやり取りする文化は今もって定着いたしません。メールもありですが、やはり昔からの葉書による年賀状がよろしいですね。
先日、日本経済新聞にアンケート調査による『もらって良かった年賀状』 順位がでていました。
1、手書きでコメントが添えてある (温か味を感じますね)
2、本人や家族の近況を報告する文章がある (親しみを感じます)
3、文章やデザインがユーモラスで笑える (ホッとします)
4、デザインや内容が毎年違う (新鮮です)
5、手書きの字がきれい (うらやましい)
6、家族全員の写真が載っている (そうかー)
7、水彩画や水墨画など凝った絵が描いてある (才能だなー)
8、全て毛筆で書いてある (こういう風に書けたらなー)
9、芋判や木版など版画を使っている (やるねー)
10、和紙等手づくりした葉書を使っている (やるねー)
11、貼り絵やちぎりえを使っている (忙しいのにねー)
12、サインペンや色鉛筆などで描いたイラストがある (誠実だなー)
13、干支の文字や絵だけのシンプルなもの (センスだ)
14、今年の抱負や決意などが書いてある (偉い、俺もがんばるぞー)
これらに対して『あまり印象のよくない年賀状』は
・ 謹賀新年など決まり文句だけや仕事上の儀礼的なもので、手書き
のコメントの無いもの
・ 受取人の名前や住所を間違えているものや差出人の名前を忘れ
た もの
・ 自慢話たらたらのもの
しかし、どんな年賀状でももらえばうれしいもです。
年賀状は出しましょう。
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| 5日 |
12月5日 「我が闘争」 弦気
これはメーリングリスト「日米井戸端会議」に投稿したものです。
秋山さんの回想記、 お互い勤労動員で軍需工場で働かされた年代、共鳴するもの多々あり、懐
かしくさえあります。
私が終戦直後のことでいつか確かめたいと思っていたことがあります。
8月15日から1ヶ月ぐらい経ったころだったと思いますが、私の友達が駆けつけて
来て「マインカンプだ、マインカンプだ」と言ってヒットラーの「我が闘争」と
言う 本をかざしながら、「うちの兄貴がこの本を読めと言ってる、」と興奮気味に云うので
す。(彼の兄貴は秀才の誉れ高き男)
彼は「戦争に負けるとどうなるか、この本によーく書いてある、本屋にまだあるから
早く買って読め。」と言う訳。
確かにあの終戦直後は日本は戦争に負けた経験が無い為、敗戦とはどういうことか、どうなるのかが分からず想像するだけで流言蜚語に惑う常態だった。しかし第1次大戦で負けたドイツの有様を仔細に書いたのがヒットラーのマインカンプ(我が闘争)で当時今で言うならベストセラーだったらしい。
私は手にした覚えはあるが読んだかどうかまったく記憶にないんです。でも今から1
5年ぐらい前に図書館から借りて読もうとしたが難解な文章で中学生の私には理解出来なかったんだと思う。
後日談だが会社の先輩にはあの本を読んで敗戦後、土地は必ず暴騰すると知り、彼
は会社その他から借りられるだけ金を借りて都心の土地を買い、あとで大儲けをした
と言う話を聞かされ、やっぱり頭の良い奴がいるので感心したものです。
あの紙不足時代に本屋で沢山売れるほど本があったということは政府が特別国民に読ませようと特別な施策を施したのでしょうか。
我が闘争に関する逸話はあまり目にしないのでどなたかその辺ご存知の方はいらっしゃらないかと思ってる次第です。
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| 4日 |
初雪 一丁
朝起きて、ワン公と散歩に出ようとしたら、屋根がうっすら白くなっていました。初雪が降ったようです。
寒さに弱い蘭や、サボテンの類が、私の部屋にも避難してきました。
この頃では、栽培技術が進んで、草花は安い値段で売っていますので、花の時期にあわせて購入し、終わったら処分してしまうほうが合理的なのですが、花好きの女房殿は、冬越して育てるのも楽しみのうちだと思っているのでしょう。
まあ、部屋の中に緑があるのも悪くは無いのですが、時々は水遣りが必要です。人間でも、植物でも、水が生きていくのに必要なことがよくわかります。その水が、水道の栓をひねれば幾らでも出てくるのは、当たり前だとは言いながら、有りがたい事なのかもしれません。
蘭などはこれからいい匂いのする花を咲かせるものもあることだし、縁あって同居したからには、枯れない程度には、面倒見てやることにしましょう。
「二十四の瞳」オリジナル版をDVDに録画して見ました。
昭和29年に上映された木下恵介監督、高峰秀子主演のこの映画、勿論黒白だし、当時の録音もよくは無いけど、しみじみと見ました。「故郷」に始まって、「仰げば尊し」に終わる唱歌や童謡もよくて、しっかりした作品は年をとらないなと思いました。
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