私の今日
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1月
31  紀元は2600年     あかとんぼ

 1940年11月10日の夜。日本列島は提灯行列の灯で輝いていた。
 全国一斉に行われた紀元2600年記念祝賀の提灯行列を見る側の4歳4ケ月の私は、提灯を振る人、向かえる人、共に提灯の光で照らさ  れた顔は上気し溌剌と輝いており、日本の未来は輝いていると思いました。
  以来、65年。提灯の蝋燭はしっかり燃え尽きたようです。
 全て 忘却の彼方に流れ去った筈なのに この夜のできごとを鮮明に覚えているのは、どうしてでしょう。

 再び、日本に光輝く太い蝋燭が灯るのはいつの日でしょうか。
30

 紀元2600年     クラシック

随分懐かしい言葉をききました 紀元2600年、私は東京の洗足池の近くに住んでいました 小学5年だったと思います、東京中が沸騰しているような騒ぎで、花電車が走り皇居前の広場でたしか陸、海、空の観閲式などがあり礼砲が鳴り響き昼は学生や婦人会の人たちの旗行列、夜は提灯行列と花火.私達も「きーげんはー二せーん・・・」と旗を振り振り歌いましたねー・・・

歴代天皇の暗誦は女学校にいってからかしら?そう5代目ぐらいまでしか言へません. 

今振り返ると、すでにメルヘンの世界になってしまったと気が付きました。

27 紀元2600年         弦気

 紀元2600年昭和15年、あれは私が中学1年でした。何だかお祝いに何か貰ったような記憶があります。提灯行列なんかもあったかなあ。そして翌年12月太平洋戦争勃発で記憶に新しい。
 歴代天皇の名は皆暗誦(暗記ではない)させられて出来ない者は立たされたのを覚えてます。もう一つ軍人勅諭五箇条も唱えさせられたものです。
今は忘れたが、この2つを暗誦したか否か、が戦中派と戦後派の分れ目かも知れません。
 紀元2700年はあと35年後、七十路会の会員でそれまで生きている人は居るだろうか。
紀元2600年    一丁

今日は文化財の防火デートやらで、動員されて加茂神社の消化訓練に参加しました。
社務所に、皇紀2665年と貼り紙がしてありました。
それで、子供の頃紀元2600年のお祝いがあって、提灯行列など見たことを思い出しました。

確か神武天皇即位からかぞえて2600年ということだったと思います。友達に、神武天皇以来の天皇の名前をすらすらお経みたいに唱える記憶力のいいのがいたりしました。

あれから65年、長い歴史のながれからすれば一瞬ではあるのでしょうが、その一瞬にも、こんなに大きく変わっていく世の中、これからまたどう変わっていくのでしょうか。
大相撲    弦気

今場所ほど詰まらない大相撲は無かったです。詰まんないので最後の朝青龍と千代大海にかかった懸賞金が44本×3万円=132万円だなんて詰まらんことだけ頭に残りました。
 外人関取が増えて日本の国技らしさが薄らぐと憂える声もあるが、私はいっそのこともっと外国人が増え、日本人、外国人が半々ぐらい、いやそんな人種の比なんてどうでも良い、世界中の人種から成る大相撲の方が良いと思う。
 琴欧州なんていう関取はなかなか面白いし、大体外国人はあまり小手先なんか使わず思いっきり最後までねばるから私は好感持ってます。
これは野球なんか見てても彼等の方がバットの振り方が、中途半端が少ないように思う。以前聞いた話だが囲碁など外人は最後の最後まで諦めずやるらしいですね。もう明らかに形勢不利でもねばりにねばるという。
 パッと咲いてパッと散る日本人の美学との差でしょうか。
玄侑宗久    大丈夫
 
丸善仙台アエル店・仏教書フェアー(1/23まで)記念企画、玄侑宗久講演会が1月15日(土)にありました。
250人定員のところ、400人は入っていたでしょう。さすが脂の乗り切っている人気作家、女性が70パーセントを越していたでしょう。
容貌、声、男性的魅力一杯、話もわかり易く説得力あり。博識、英語・中国語が出来るとは頭が良いのでしょう。
いかにも禅宗の僧侶という感じ。
1956年福島県三春町生まれ。慶応大学文学部中国文学科卒業後、多くの職業を転々、2001年「中陰の花」で芥川賞受賞。
現在、出身地三春町の臨済宗妙心寺派福聚寺副住職。
小説以外にたくさん出版されている、著名人(瀬戸内寂聴、養老孟司、ひろさちや等)との対談、共著、随筆、アンソロジーが面白い。
 
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、共産党、これらは同根。一神教の怖さ、何百年に渡り世界中に争いと収奪を繰り広げている彼等の
価値観、哲学には我々アジア民族はついていけない。
丸善・仏教書フェアーには約500冊の本が集められている。柔らかい宗教、仏教を理解するには格好の本を見つけることが出来るでしょう。
是非手にとって見てください。私も3冊ほど購入しました。
宗教比較論をたくさん書いている、ひろさちや著「仏教に学ぶ老い方・死に方」新潮社刊。
養老武司・玄侑宗久対談集「脳と魂」筑摩書房刊。
玄侑宗久著「釈迦に説法」新潮社刊。

17 大雪       あかとんぼ

 1月16日 今季最大の降雪です。水分の多い濡れ雪です。
玄関から道路までと道路の間口分の除排雪に、庭木の雪落とし。
濡れ雪で 重くて 腰に響きます。でも、積もると気になり 落ち着かずに、腰痛の再発を恐れながら日に何回かしました。

マンション等の共同住宅にお住いの人は 雪かきの楽しみを味わえないながら 楽チンでよろしいなー私はつぶやきます。

道路の除雪に二派があります。
一は、道路の真ん中から自宅の塀に向けて除雪するタイプ
二は、自宅の塀から 道路中央に向けて除雪するタイプ。
除雪終わった後の道路のまだら模様を眺める。此また楽しいものです。皆様の所は どんな模様が楽しめますか。

津軽では 雪が小振りになると 一斉に各戸が融雪溝に投入します。地下水で温かいですが、上流で投げ込む前に 投入しないと流れが悪く難儀します。でも、結局各戸一斉になります。向三軒両隣の会話の場となります。楽しかったです。

まだら模様をみる都度、都会と田舎の違いを感じます。

電化と炭火       弦気

オール電化住宅に続いて炭火式長火鉢の話が登場しました。あの炭火の匂いが懐かしい長火鉢は情緒たっぷりだが一つ気になるのは腰から下寒くないですか。後ろに石油ストーブか電気座布団など使ってんじゃないの?
骨董屋で見つけたとか?じゃなかったかしら、あの木部は欅みたいでなかなかの高級品と見受けます。年数経つほど値打ちが増すから大事に使った方が良いですね。やがて博物館入りするかも知れませんから。

 話変わるけど私の亡父は大正10年、田舎には珍しいマントルピース(暖炉)付き西洋館を建てました。当時設計者も大工も経験浅く、暖炉に石炭をくべても煙が室内に舞い込んで使い物にならず、結局だるまストーブに代わり、やがて戦争で石炭も使えなくなり、炭火の丸火鉢で暖をとったのが思い出されました
炭火    一丁

さすがに寒くなってきました。
確か芋煮会のときお話した長火鉢型テーブルにも炭火を入れて使っています。

部屋全体を暖める近代式の温風暖房も良いですが、部屋のセンターに火があって、手をかざしたりして暖を取りながら会話があるにも、これはこれで悪くありません。
銅壺でお燗をつけることまではしていませんが、めざしやみりん干しなど、ここで軽くあぶって一杯やるなどは好みのスタイルです。

炭代は掛かるし、何よりも、このごろのように、災害が多いと危険ではあるのでしょうが、ま、冬の間だけだし、目をつぶることにしています。
冬以外は、炉の部分の蓋をして使います。
でも、次の世代は無用の長物として処分してしまうでしょうね。取り散らかしたままで、お恥ずかしいのですが写真ご覧下さい。
11 続 オール電化住宅入居体験 りりー

現在いくつかの住宅メーカーが宣伝でやっているようです。
私たちはウンノハウスでの体験でした。〔米沢)
建て主は現在東京住まいだそうです。メーカー側が一年間宣伝用に借りているそうです。もちろん維持費はメーカー持ちです。多分いくらか安く建てられたとおもいます。
体験に一泊しても無料です。また体験したからそのメーカーで建てなくてはいけないということもありません。
最近若者がグループで来て泊まったそうです。
なんだかメーカーもたいへんですね。でも少しは建築費にうわのせになるんでしょうか?
贋札        あかとんぼ

火つけと贋札は天下の大罪 と古来云われて来たと思っていました。
昨年末に中学生の贋札製作使用が発覚し、末恐ろしいと感じていました。
そして、年始匆々、偽一万円札が、三大稲荷と称されている、岩沼の竹駒神社の露店で発見されて以来、全国で発見が相次いでいます。

今 捕まった犯人は パソコンで作ったと報じられています。
プリンターの性能も向上したから容易だとの話もあります。
今回300枚以上と云われています。単独犯だとすれば、黒字、採算が取れた事になりますが、でも、天下の大罪を犯してまで作る勇気と技術には 驚きました。

我には作る勇気も技術も無い。誠に人畜無害、心配のない老人と 自己安心しました。

瑞鳳殿においてもお賽銭箱で発見されていないか、お尋ねしましたら、贋札は無かったとのことでした。 当然かも知れません。贋札は釣り銭で真札を取得するのが目的でしょうから、釣り銭の無いお賽銭に贋札は使用しない筈です。又、神・佛を騙した場合は、その祟りが大きいでしょうから、日本人なら贋札で祈願しないでしょう。納得です。

中国は贋札が多いから気を付ける様にガイドブツクにありました。自動車道の料金所で札を必ず透かして見ていました。料金収受に此処まで徹底しているのかと感心して見てきました。
先日、ある店で店員が万札を透かして見ていました。日本も、その様な国になったのかと悲しく思いました。
年賀状        弦気

 私の義姉は年賀状を12月受付始まるやいなや投函する種族です。今年はそれが8
日になって到着、妻が心配して電話したらいつものように早や早や年賀状は出した、とのこと。
 こうして見ると偶々義姉の場合は分ったが、こういういい加減な配達が外にいくらもある筈。郵便局に文句言ってもどうせ「済みませんでした」で終わるだけでしょう。何かもっと外に反省させる手段は無いものか、思案中です。
8 オール電化住宅体験入居     弦気

リリーさん、これはどういう性質のものか、私は分らないんで説明してくれませんか。住宅メーカーが宣伝を兼ねて住み心地体験サービスをやってるんですか?
場所、事業主、1泊料金など教えて下さい。
二日遅れの初日の出    やぶれ傘
 
我が家の元日は鶴ケ谷北東側の外人墓地から初日の出を見て、東照宮にお参りすることから始まります。
今年は大雪のため、自宅の雪かき、家内の実家の雪かきで始まりました。
2日は朝天気が悪く、3日になりやっと初日の出、東照宮にお参りすることが出来ました。
クラシックさんの義妹さん      弦気

 クラシックさんは亡くなられた義妹さんとは恐らく実の姉妹のように仲が良かったのでしょうね。亡くなるまでの苦労の数々を思うとき、クラシックさんはどんなにか堪らない気持ちだったことでしょう。
 私達は年をとればとるほど身近な人の死に接することが増えます。
一人一人が生き方死に方を教えてくれているようで無駄にしないよう務めたいものです。
 特別擁護老人ホームというのは名前ばかりで実際は診療所つきマンション・団地という方が正しいようですね。
 一人身で安心して暮らすにはどんな方法が良いか。或る意味でこれは楽しい人生プランでもあります。みんなで話合いたいですね。
オール電化住宅体験入居   りりー

ハウジングアドバイザー氏の案内説明に従い
50坪もある邸宅に夕方から一泊する。
広い玄関を入ると脇に雪国に便利な物いれがありスキー長靴コート雪かき用道具などが入れられる。そこから台所につながる。
階下は八畳の和室二間と広いリビイングダイニングキッチン十畳くらいのベットルーム浴室洗面所トイレ二階はベットルーム二間と洗面所トイレと廊下兼広間床は木の香りがして暖かい。床暖房はしていないが全体がほんわかと暖かい。玄関の戸以外はスライデングドアなのもいい。
色々と珍しい最新式グッズがあり興味がある。台所のIHクッキングでの体験もした。夕飯は差し入れがあった。
ベットルームで小三の孫と寝ましたが夜中にベットからすごい音をたてて落ちてびっくりしました。難点は乾燥気味なところです。
七十路会の皆様へ     クラシック

皆さま
遅ればせの あけましておめでとうございます

人生思いがけない事が(予想はしていましたが・・)起こるもので、元旦草々に義妹が天国へ旅立ちました。諸機関が休業中で昨日〔5日)やっと、すべて終了いたすことができました。複雑な心境ですが、今日からやっと本当に新年のご挨拶が出来るようになりました。
今年もよろしくおねがい申し上げます。

新年早々に明るい話しではありませんが、義妹のことに少し触れてみようと思います。
彼女(76歳)は千葉の松戸の瀟洒な家に一人暮しでした。
10年程前に夫を亡くしましたけれど子供に恵まれず、当時長男の妻として気むつかしい姑を看ていました、この姑上はしっかりした方で大変だったようです。
・・・3,4年後 彼女はいろんな疲れからパアーキンソン病になって終い姑は次男が看て、治療しましたが悪くなる一方です一人暮らしで身内がなく病院通いも大変でヘルパーさんも市の職員も心配して私達親戚もいろんな方法を考えました。一番よい方法と思えるのが
〇家宅を処分して完全看護付きの老人ホームに入居する。でした。

ところが ダメ でした。
 申し込み時
 本人が健康であること。
 すでに罹病している場合は受け付け不可。
結局,松戸の病院に入院,ヘルパーさんを頼み親戚が時々看にいく、ことに決まりました。
しかし、その後彼女は更に悪化して、意識不明,植物人間となり2年ちかくを生き,そしてこの度逝きました。

私はつくずく思います。意識無く生きて彼女はどんなに,辛かった事か,魂は夫のところへ行って「もういい、もう止めて」と叫んでいたのではないか。・・・と。
私も同年代、元気なうちに、するべき事が一杯あるのを知ラされました。今年の私の課題にいたします。
                             
元旦 七十路会の皆様へ     大丈夫

あけましておめでとうございます。
「悦べば、慶び事が歓んで、欣び集め、喜びに来る」
それぞれに良いお正月をお迎えのことと思います。

今年もよろしくお願い申し上げます。


おめでとうございます   一丁

あけましておめでとうございます。
今年もわれら七十路の旅、急がず休まず、風景眺めながら、ゆるゆると参りましょう。何かとよろしく。



おめでとうございます    弦気
弦気です。おめでとうございます。お互いとにかく災いもなく無事年を越せたことは慶賀に堪えません。
今朝は6時半に起きて最初にやったことは雪掻きです。今日の雪は重くて腰が痛くなりました。朝風呂に入ったあと一人で朝酒少々。9時近く家人が起きて来て我が家の朝食(お節に非ず)となりました。
[ 私の今年の目標 ]
1、ピアノ1日30分弾く(脳の体操)
2、遺言書を書く(葬儀のことなど)
3、地震対策(救急袋用意)
4、パソコンで写譜法を習得
5、Violin ; Spring Sonata を完奏

2月
27
酒蔵探訪    大丈夫
 
昨日、仙台市内の酒蔵、青葉区上杉、勝山酒造を、いずれ劣らぬ日本酒好き男女約20人とともに、訪ねました。
毎年2月から3月にかけて宮城県内、これで12箇所目12年目、酒蔵探訪は、酒造り最盛期の忙しいこの時期、いつも申し訳なく思います。
今でも使用されている戦災で焼け残った建物工場、酒造り工程を案内していただきました。約1時間半。
新酒、船口、搾りたて、初絞り、これが美味しいんです。
2次会懇親会は、宮城県庁裏農協会館地下、宮城県酒造組合経営で宮城県産の日本酒約30銘柄しか置いていない、
居酒屋(アンテナショップ)、「さなぶり」。
至福のひとときを過ごしました。約2時間。
昨年11月焼酎の生産量(出荷量か)が日本酒を抜いたといいます。
しかし、世界中にはいろんなお酒がありますが、やはり日本酒が一番美味しいお酒ですね。
26 宇宙よりのことば    宇宙

♪どこかで春が♪ 今年もこの歌が似合う季節になってきました。野山に近づいてくる春の気配を美しく明るく上品に表現した歌ですね 老齢になるほど 少年時代の思い出が脳の記憶装置から自動出力されます。
 毎年春近くなるとこの曲が ラジオから聞こえてました。故郷の風景と重ね合わせて懐かしさでいっぱいになります。時は刻々と流れてゆきますが同時に楽しみをこの流れにマケズニ作ってゆくことが大切と 相当の量をスケジュールに組んでるこのごろです。
 そこに同じ年代に育った方々の友好の志 七十路会に参加させていただき 楽しさ倍加いたしました。どうぞよろしゅうお願いいたします。
 宇宙からのご挨拶でした。
25 近況駄歌       弦気

〈 無重力のごとき自由も年を経て地に足がつき根も生え出しぬ 〉
〈 一時間かけて新聞読みたるも記憶せしこと何一つなし 〉
〈 勤めいし社より届きぬカレンダーまだ安泰と告げるが如し 〉
〈 会いたしと書かれし友の年賀状あらためて見る訃報に接して 〉
〈 一人逝きまた一人逝き年を越すわが同期会の余命いくばく 〉
〈 生きるとは何かと自問したれどもわからぬままに夢路をたどる 〉
〈 裸婦モデルすっくと立てば場内は粛然となり筆音走る 〉
23 第三の男     一丁

昨晩NHKで懐かしい昔の映画「第三の男」を見ました。
1949年の制作で、黒白だし、何度か見てあらすじは覚えているし、はじめは、なんとなく主題曲のチターの演奏が聞きたかっただけなのですが、とうとう最後まで見てしまいました。
ラストシーンは、やっぱりよかったです。名作は古くはなりませんね。
この映画を見た頃は私も20代、チターの音色に聞き入りながら、はるけくも来つるものかなと昔を偲び、しばし感慨に耽ったのでありました。
異国への想い           クラシック

NHKのアーカイブスで17年前の”シルクロード天山南路の旅”を観ました 喜太郎のテーマにのってタクラマカン砂漠を行く駱駝の見事な足とカランカランと鳴る鈴の音ー
私は胸がかあっと熱くなりました。 

あの暑い空気と風が運んでくる独特な匂い,遥か地平まで続く砂漠とそこを走る一本の道。 
私がもと満州新京の旧、中 女学校出身者16名達と中国 しんきょうウイグル自治区を訪ねたのは16年前の9月でした。

たしか男13女3だったと想います 14日の予定で上海から空路ウルムチへ2泊して天山山脈の山頂の天池を見て後はタクラマカン砂漠をマイクロバスでトルファンへ・・
途中 アーカイブスの高しょう故城や交が故城の遺跡を観ました 孫悟空に出てくる火焔山の鉄分の多い赤い山は砂漠を旅する昔の人はきっと怖かったことでしょう
トルファアンもウルムチもウイグル人の街 とても中国とは思えませんでした 私達はべゼクリク千仏胴から敦煌の石仏へ汽車で蘭中を経て西安の都 秦の始皇帝の遺跡 楊貴妃の遺跡を訪ねました 14日の旅はキツかつたけれど良い思いでになりました 砂漠のオアシス トルファンに着いたとき、なぜか ここで死んでもいいな と思いました。

あれから16年 あの時のお仲間は確か2人ほど故人となられたと思います。
あの遺跡は 今も変わりなく静かにあそこに佇んでいるのです 懐かしい思い出と共に・・・・

この想い出とは関係ありませんが

    ちさき灯を 胸に抱きて 老の春
    花こぶし まだ咲きやらず 雪の里 
恋をしませんか      弦気

最近のきくさんは元気いきいき、おしゃれもばっちり、こりゃあ恋をしているに違いない。目下進行中”るんるん”気分なんだよきっと。間違い無し!         
人は自分がやってみて楽しいと人にも薦めたくなるもの、こんど話飲会で聞かせてちょうだい。
13
形のない鍵     大丈夫
 
パスワード、ユーザIDどうにも覚えられなくて、必要になるたびに「プロバイダー会員証」を引っ張り出して調べています。
自分の携帯電話番号、未だに直ぐに出てきません。
クレジットカードの暗証番号、それまでの誕生日、マイカーの番号はヤバイというので3年前に変更しました。
4桁の番号を忘れて、クレジット会社に電話で問い合わせたら相手にされませんでした。やっぱり直ぐ出てきません。
取引金融機関口座番号は勿論覚えられません。
番号は覚えられませんが各種の会員証(図書館、JAF、学会、店舗、診療券その他)には番号があります。
とうに覚える事は、諦めました。これらの番号を手帳に控えておきますが、この手帳を何回落としたり紛失したでしょう。
財布にはカードが一杯。
日本政府は国民総背番号制度を検討しています。
いやはや、『形のない鍵』とは一丁さんはうまいこと言いましたね
恋をしよう   一丁

きくさんは、全くおしゃれだし気も若い
私は知りませんでしたが、調べてみたら、11月30日は“シルバーラブの日”だそうです。
説明に、1948(昭和23)年、歌人の川田順が弟子の大学教授夫人とともに家出しました。当時、川田順は68歳で、3年前から続いていた教授夫人との恋の行く末を悲観して、死を覚悟しての行動でしたが、養子に連れ戻されました。その後2人は結婚しました。
川田が詠んだ “墓場に近き老いらくの恋は恐るる何もなし” から「老いらくの恋」が流行語になりました。
お相手の俊子さんは
はしたなき世の人言を くやしともかなしと思へ しかも悔いなき と詠みました。

いくつになっても恋心を忘れないのは、少なくとも精神衛生上は、とてもいい事のようです。

園芸ばあさんの女房殿のお供で、園芸センターに蘭を見に出かけました。
老いらくの恋の華もきれいでしょうが、平凡な私には、美しい蘭の花を女房殿と眺めるほうが、無難のようでありました。
12 ★恋の季節が来ました。  恋をしよう!!  きくさん

朝ドラ「みどり」に恋の季節が来ました。組み合わせを見みると

雅也とみどり、・・・やっと家族の了解を得て、これから結婚へのスタートか
山岡{植木職人}と亜紀、(お屋敷のお嬢さん)・・・この中で一番不釣合い。
お屋敷のおばーさんと、元大学教授・・・老いらくの恋、いい感じです。

ところで、わが七十路会も恋をしてみませんか
50,〜60才は洟垂れ小僧、70才から恋をしよう!!
チャプリンは80才で子供を作ったそうです。日本にも彼に負けない元気者がたくさんいるはず、「熟年の恋」の例、どなたか知っている方教えてください。

まだまだ、今から老け込むのは早すぎませんか。
恋をすると若返ると言います、医学的根拠あれば教えてください。
尊厳死協会   りりー

尊厳死協会に私も15年前に入りました。
病院で死を迎える患者の悲惨な姿を見たり人工呼吸器、経管栄養の管をつけられて何一つ声も出せないさまを想像するだけでも尊厳死協会に入ってよかったと思っております。
死は簡単ではないからこそ尊厳死を望むのです。
安楽死と尊厳死     弦気

大丈夫さん
弦気です。先日の話飲会で誰かが「大丈夫さんは勉強家だなあ」と云って皆で頷きました。安楽死も尊厳死も大分勉強されましたね。
 私は年のせいか勉強ではなく肌で感ずるので尊厳死協会には15年前入りました。
本当は安楽死協会があればそちらに入りたいけど日本には無いから入れません。数年前私は安楽死について日本は政治家も識者も真剣に考え、世論を喚起すべきだ、と書いて朝日新聞声欄に投稿したのが載りました。

 安楽死と尊厳死の違いは簡単に云えば、後者は明らかに死を待つのみの患者に無駄な延命措置はしない。前者はその死を人為的に早める。荒っぽい言い方をすればこの違いです。
 オランダは2〜3年前法的に安楽死を認めることになりました。またアメリカのある一州だけも立法化されています。
 どちらも大事なことは本人の意思表示が明示されていることですが、会員証にはそれが明示されていますから問題ありません。
 尊厳死会員は日本は2年前10万人で年々増えてます。欧米に比べて大分少ないようです。
 植物人間、完全痴呆老人にも適用されれば、大分世の中楽にはなるんですけどねえ…。こんな話も話飲会でしたいものです。
11
安楽死と尊厳死      大丈夫
 
弦気さんの「私の今日(脳梗塞患者)」を読んで考えました。
最近末期医療が進歩して予想以上に延命が図られる結果、植物人間または重度の惚け老人が増え、介護保険があるとはいえ、彼等を看護する家族の苦労も大変なものになります。
安楽死とは苦痛を訴えている患者に同情してその「患者を死なせる行為」です。尊厳死とは不治かつ末期の患者本人の意志に基づく「死に方」のことで「死なせること(殺すこと)」と違います。
 
尊厳死は法律用語でいう「自己決定権」と医師の治療義務の限界を根拠に、法的に認められており、関与した医師が刑事責任を問われることはありません。
しかし、倫理的に法的に許される安楽死は、以下の条件が満たされねばならないとした裁判の判例があります。昭和36年8月名古屋高裁。  
     1、不治の病で死が目前にあること。
     2、苦痛が耐えがたいものであること。
     3、苦痛緩和の目的で為されること。
     4、本人の明確な意思であること。
     5、医師の手によること。
     6、手段が倫理的に容認されるものであること。
これらの条件を満足させるという事は非常に難しいことかもしれません。特に4、本人の意思の確認。
一方、鎮痛剤の進歩は大きく、ガンの場合鎮痛効果は著しいと言われています。2、肉体的苦痛の除去は大きい。
 
そういえば最近こんな本を読みました。
「死に方のヒント 近藤誠・ひろさちや 日本文芸社」「死を見つめて今を生きる 日野原重明 春秋社」「生き方哲学 日野原重明 中央法規」
「いつか死に行く人の小さなけじめ 斎藤茂太 新講社」。
よく死ぬことは、良く生きることだそうですから、目の前のしなければならないことを一所懸命やろうと思います。
 
パスワード   一丁

今日は春を思わせる暖かい日でした。
日の暮れるのもだんだん遅くなって、少しずつ春が近ずいているようです。

弦気さんの鍵の話で思うことは、最近では、形のある鍵だけではなく、パスワード、暗誦番号、会員IDなど、形のない鍵を使うことが多くなって、これはややこしい数字や英字の組み合わせで、記憶出来るようなものではありませんが、忘れたり落としたりすると鍵落とすよりもひどいことになります。
といって、某ゴルフ場の事件のように番号が盗まれることもあり、わかり易いところに書き出しておくわけにもいかず、種類は増えるばかりなので、どう整理し、私がいなくなってもわかるようにしておくか、皆さんはどうしておられますか。
脳梗塞患者      弦気

 私の従兄弟で脳梗塞で入院し、記憶障害(まだらボケ)になっている75歳の男が居ます。普段付き合いは無かったが、昨日奥さんから電話があり、金庫の鍵の開け方が分らなくなって困っている、何か方法は無いものでしょうか。と言う。
 先日我が家は玄関の鍵を無くし、鍵屋に頼んだばかりなのでその鍵屋を紹介しました。(鍵屋は信用第一)
 彼は私と異なり、真面目で謹厳実直、だから神経を使いすぎて脳梗塞になったのかなあ、なんて思ってますが、今入院している病院は救急車で運ばれた病院で仙台では脳疾患病院としてはトップクラス。
だが、今やこの種の患者はどこも満杯、個室なんてとんでもない、監獄みたいだという。しかもご多分にもれず3ヶ月経ったら出なくてはならず、出先を探しても皆満杯、どうにもならず、家族は夜も眠れぬ有様だという。
 最近同じような話はあちこちで聞きます。 これはまさに今の日本の医療体制の典型的現象です。
 話は飛躍するが私の持論「安楽死」が法律的に整い定着していれば、こんな悲劇は起こらないのであります。
豆まき          弦気

豆まきだから豆を撒くという当たり前なことを知ったのは小学生の時でした。
我が家は南京豆を殻ごと撒いてたからです。お袋の実家がそういう主義だったらしいです。最初は外に撒くのは大豆、家の中に撒くのは南京豆だったが、やがて南京豆だけになったらしい。みかんも適当に混じっていました。
拾う数も年齢と全く関係ありませんでした。
 ふるさと二本松は丹羽殿様の城下町でしたから、「鬼は外」は禁句で「オニー外」です。
「お丹羽外」は失礼だからです。
町も他所と呼び方が違い、我が家も撒き方が独自でした。
豆まき    一丁

今日は節分、わが家では守旧派の奥方の用意した豆を撒きました。
いまさら(福)の欲しい年でもありませんが、「災厄の鬼」は出て行って欲しいものです。
年より一つ多い76粒の豆を食べるのは、さすがに途中でやめにしました。

節分の豆も、私は関西系なので、炒った大豆を撒くものと思っていましたら、関東に来てからピーナツをまくところがあるのには驚きました。
ところ変われば豆変わるというところでしょうか。

ともあれ、まだ寒いながら、文字通り節を分けて、春の気配始まりそうな今日でした。
1 僧侶          弦気
 
 私の田舎の菩提寺は先々代の住職は立派だったが、次の代はどうしたことかアル中で早死にし、為に息子は大学を卒業するやいなや跡を継いで住職になりました。この息子はどこといって難点は無さそうだが、何しろ世間の苦労は何一つせず、住職になってしまったから、普通の若者と何ら変りありません。
 跡を継ぐや第一にやったことは庫裏の建て替えと集会所の新築です。このときの寄付は金額は忘れましたが数十万円だったことは確かです。
名前こそ寄付ですが、出さざるを得ない寄付で金額も暗黙の指示です。

 そして去年の暮れ、今度は本堂が古くなって大改修しなくてはならないというわけで又寄付要請です。今回は改修費を檀家の数で割ると平均20万円だとのこと。この平均額はお願いしたいというわけ。
 
 噂によると本堂よりも庫裏、集会所を急いだのは快適な住まいを作らないと嫁の来手が無いからだという。

 お寺の坊主というのは考えてみると何と楽な商売なんでしょう。
建物は寄付で、生活費はお布施で。仕事はお経を唱えるだけ。

 葬儀産業は葬儀屋、仏壇屋、墓石屋等だが今や僧侶も明らかに葬儀産業の一業者に過ぎない。或いは葬儀屋の下請けかも知れない。
僧侶という聖職からは最も遠い、最も忌み嫌いたくなる人種だと私は思ってます。
3月
31 カタクリ      一丁

近所の長命館公園を散歩していたら、カタクリが小さな芽を覗かせていました。
この公園は、カタクリの群生地として知られていますが、仙台でも北郊のこの辺りの厳しい冬をラッキョウより小さい球根で地中にじっと耐えて、早春に美しい花を咲かせて、夏までに早早と地上部がなくなってしまうカタクリに、生命の不思議と強さを見る思いです。
ともあれ、春はもうそこまで、どうやら今年も春まで生き延びて、桜も眺められそうな感じになってきました。

今日は3月31日、多くの「カイシャ」では決算締切の日です。
現役の頃は、今日は、「売り上げ無理せんで来期に回せ」と悠々としていた年もありましたが、やはり「あとなんぼ」と売り上げの勘定に忙しい年が多かったようです。
そんなこともなくなって、ゆっくりすごしていると、一年は長そうですが、むしろ短くなったように思えるのは私だけでしょうか。
休息の時            クラシック

今年に入って風邪をひいて以来すぐ疲れて休みたくなる癖ガ憑いてしまいました。ああ年のせいかーと思いましたが、よく考えてみると最初に 休むにかぎる とお気に入りのCDをかけてゴロンをきめこんで 飴をなめなめ本を読んで 時々熱い紅茶を飲んで終日過ごした あの何とも言えぬ解放感と満足感が 私の意識下からフト目覚めて来るのかもしれません

そんなこの何日かを一丁さんから拝借したNHKの「故宮博物館」と「花の大江戸」のDVDが私に素敵な休息と満足感をもたらして下さいました もともと何故か中国の(殊に古代の)歴史や文物に惹かれるのです 若い時一時住んでいたからかも知れません 
手元にある本や地図を観ながら古代の中国をビデオの中で暫し旅しました

そして江戸 私の幼いときの東京にはまだ江戸のニオイがそこ茲に残っていたものでした 威勢のいい東京弁でいなせな若ものが走り回っていたり 下町には長屋があって・・・
私の思い出の旅は止めど無く続いて行きました
ふと こんな駄作まで

     うたかたの恋のかけらを 野辺に咲く
      花にしずめて 七十路ゆくかな    クラシック
26 エミリオ・グレコ氏の彫刻「踊り子」に見惚れて    宇宙の散歩

私の散歩コースで大きな楽しみは休足である。その場所は、仙台市定禅寺通り(イタリアどおりとも呼ぶ)の中央緑地帯にあるイタリア人彫刻家の人体作品である。今日はエミリオ・グレコ氏の彫刻「踊り子」で休足した、いつものことであるが、しばしプロポーションに見とれる。四季ごとに周辺の樹木・空・太陽光線・の変化と比例して彫刻の美しさが変化するのである。踊り子は生きて居ると思うほどだ。踊り子の心を語る手の影法師と私の心を語る手の影法師を そっと触れて見た、なにか癒しを感ずる。「ウエーバー作曲・舞踏への勧誘」の音楽が似合うと思った。
ブログ心 http://mitio.cocolog-nifty.com/kokoro  URLを閲覧下さい。
23 久しぶりの映画    一丁

久しぶりで、ビデオでない映画を見ました。
朝日新聞の名作映画鑑賞会というのがあって、女房殿が申し込んでおいたら、ペアの入場券が来て、「阿弥陀堂だより」を観に二人でイズミテイ21に出かけました。
信州の風景の映像も美しかったし、俳優も、寺尾聡、樋口可南子、北林谷栄といった達者な人が揃っていて、なかなかよかったです。
特に北林谷栄のおうめ婆さんは秀逸でした。

この歳になると、暗い現実もたくさん見てきて、映画でそれをまた見るのは気が進まないし、さりとて善男善女ばかりのハッピイエンド物語も、なんだか空々しくてこれまた気が進まないので、映画館には殆ど行っていませんが、映画はやはり映画を見る設備のあるところで見るのがいいですね。
話飲会「脳の話題」   宇宙

3月5日談飲会「脳の話題」で談笑し楽しい一時でした。”あかとんぼさん”からの議事録に「宇宙」の「ブログ心・老化した脳関連の記事」をリンクしてもらったりと最近脳に関することがマスコミにも取り上げられて来ています。私に「朝日出版社第2編集部の○○○○申します」という方からメールが入りました。私が感銘深く読んだ(進化しすぎた脳 池谷裕二著・朝日出版社)思いを記事にしてますが。その記事が朝日出版の編集部の目にとまったようです。私の記事一部分を再掲します。
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私はこの書評を読んで 心を揺すなにかを感じた。早速仙台市メデアテーク図書館に行ったがすでに貸し出し中20名待ちとのこと もう矢も立てもたまらず丸善に行った。 在庫あり むさぼり読んだ。高齢者の私にとって、なんだか心が明るくなった。
そして身体から「癒し系が動き出したような気がしましたよ」・・・・・・・
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以下編集部○○さんのお話 「癒し系が動き出したような気がしましたよ」というお言葉に
非常にやさしいものを感じました。  

いただいたメールは池谷先生にも早速転送致しましたが、上記のコメントがうれしく、池谷さんへの転送する時に一緒に貼りつけてお送りしておきました。池谷先生もきっと喜んでおられることと思います。

七十路会のみなさん 機会がありましたら一読してみてください 推薦いたします。

「尊厳死協会」に入会しました。
「尊厳死協会」からカード届きました。もう延命処置のための体中蛸足の如く繋がられてしまうことがなくなったと思うと「心が澄み渡る」感じになりました。あの世はどんな所なのでしょう なにかワクワクします。 宇宙より
16 宇宙の散歩コース      宇宙

宇宙の自宅は貝ヶ森です。地盤が岩盤だから、との理由だけで建てました。
15年が光陰流水のごとく去ってしまいました。 散歩コースは三コースを選定しました。各コースとも歴史的に重みのある散歩コースとなっていたので幸せです。
自宅始点にして散歩道 第1のコースは紹介のとおりです。
第2のコースは子平町を通り「林子平の墓」のある龍雲寺→新坂町この辺は伊達政宗灰塚や、所縁の、お寺さんが沢山あります。→三条中学校前「私が3年間情報科学の校外講師をしていたので懐かしいです。 学校からピアノと合唱の音が聴こえてるときなどは遠い遠い昔が蘇りメチロ(涙)がでます→青葉神社→北仙台までのコースです。
第3のコースは自宅→国見浄水場→荒巻雷神堂→八幡5丁目→牛越橋→県立美術館前→青葉城までのコースですがすべてが歴史の深いところですね 
ほぼ一万歩のコースです。足腰が立たなくなるまで一生懸命に歩いて楽しみたいと思っています。毎日風景が変わるのも嬉しいですね そしてスクープしてブログ日記に書き残して行きたいと思います。
15
ホリエモン     大丈夫
 
「ホリエモン」というのは去る3月8日大井競馬場で行われた地方競馬で12頭立て8着に敗れた牡3歳の競走馬の名前なんですね。
馬主は中央競馬会馬主歴7年のライブドア−の堀江社長。
昨年仙台でのプロ野球参入を楽天と争っていた頃、群馬県高崎競馬場再建(その後高崎競馬場は廃止、高知競馬場とは現在提携中)に乗り出すといわれ、それもライブドア−が楽天に負けた大きな原因といわれました。
日本のプロ野球はギャンブルのダーティイメージを嫌いますから。
昨年9月にデビユー、血統はいいのですが5戦して未勝利。あんまり弱いので同じく地方競馬の高知競馬場へ持ってゆき「ハルウララ」と走らせようなんてこともあるかもしれません。人気が出るでしょうね。
14 ホリエモンバトル       弦気
 
なるほど一丁さんの申すとおり、総大将同士が表に現れているというのは一寸今までと違いますね。それにしても確かに見ごたえある企業劇ですね。
先日和飲会で心情的にはライブドアの方に味方したいということだったが、その底には今の民放TVの愚劣番組に対する違和感があるのではないだろうか、これをIT化導入によってぶち壊し新しい双方向TV番組を期待する心情が働いているように感じられました。
ホリエモンバトル  一丁

話題のホリエモンバトル、増資差し止めの判決が出て、ライブドアが巻き返し、面白くなってきました。
判決は正しいのか、これから事態はどうなるのか、経済論と法律論と、道徳論の入り混じった議論は様々ですが、やじ馬の目には、兎に角面白いバトルです。

何より面白いと思うのは、このバトル、はじめから両軍の総大将の「顔」や「主張」「人柄」がTVで生々しく見れるところです。
それぞれの企業の将来や、存続を賭けるバトルに、「スポークスマン」「担当部署」でなく、総大将が自ら陣頭に姿を見せて社会に訴えるのは、当然のことでしょうが、今まであまりなかったことだけに、新鮮で好感が持てます。(較べれば朝日とNHKの争いのなんと陰湿に見えること!!)
主役の2人以外には脇役が殆どいないのですが、主役の2人が新旧それぞれ持ち味たっぷりなので、「役者やなー」と感心させられます。

可笑しかったのは、自宅前で取材攻勢を受ける日枝会長のうんざり顔で、自社を含めて、マスコミの取材攻勢のすさまじさ(苦労も含めて)体験して貰えたのではないでしょうか。

ともあれこの両主役、どこかで和睦して握手するシーンがTVで見られて、横並びの「面白けりゃいいでしょ」局とは一味違った新しいTV局が誕生したらいいなと思うのは私だけでしょうか。
13 ★神様、仏様・・・・・聖徳太子様     きくさん

苦しいときの神頼み、仏の顔も三度まで、さわらぬ神に祟りなし、元朝参り、地鎮祭、合格祈願、葬式、通夜、告別式、法要、七五三

神と仏が同居しても何の抵抗も感じない私たちにとって、中東諸国での一神教の人たちの壮絶な争いは理解に苦しむところです。
何故???と、かねてから思っていたところ一つの文章に出会いました。
ちょと紹介します

「神は敬(ウヤマ)わねばならぬ、だが、敬ってもなお祟(タタ)るのが荒ぶる神である。その祟りを鎮めるのが仏である」・・・
聖徳太子は仏教を公認するとともに神道を残す方法を考えた。
この聖徳太子の詭弁的両立論のおかげで、以来この国から深刻な宗教的問題はなくなり、信仰思想の対立による戦争はなくなった。  
「知価革命」堺屋太一著

これが本当なら、中東での自爆テロを聞くにつけても、平和なわが国にとって、聖徳太子さま、様、様である。

日本には八百八神(ヤオロズノカミ)と言って808人もおられる、兄弟喧嘩のお三人さん一緒に住んだら仲直り出来ると思いますけど、いかがですか。
なに、失敬な奴だ、天罰だぞ!!

クワバラ、クワバラ、南無阿弥陀仏、ナンマイダ-、ナンマイダー。さわらぬ神に祟りなし。逃げるが勝ちだ。 
どうも信心のない者は不真面目でいけませんね。
10 「血脈」と私(佐藤愛子原作)
の中のお金に関してのエピソード  リリー

佐藤家に脈々と流れる「荒ぶる血」についての長編小説「血脈」に続き「血脈」と私に佐藤愛子さんが記している中に、愛子さんのおじいさんのエピソードは面白い。親しみを感じます。

おじいさんは佐藤弥六といってもと津軽藩士で、明治維新後に郷土史やリンゴ改良に尽くし、地元の名士であったそうだが、ずっと武士の気質を持ち続けていたという。お金は汚いものと考えていた。地元の名士として学校の講演に行きお礼の金一封を受け取る時は、手で受け取るのは汚らわしいと、いつもシャモジを懐に用意していて、シャモジを差し出してお金を載せてもらっていたという。

また中学の入学式に来賓として招かれた時に、校長が修学旅行をめざして積み立て貯金をするようにと演説したら、弥六さんは来賓席から立ち上がって「武士の子に金をためるのを教えるとはなにごとか!そういう学校は焼いてしまえ」と怒鳴った。武士の子なんていない時代なのに 明治時代はまだこういう方がおられたのですね。

ドラマ ハチロー佐藤愛子原作はNHKで月曜日に放送しています。
かね・ゆめ        弦気

宝くじで夢を買うと云いますが、私は宝くじは買わなくとも「大金が入ったら何に使おうか」という夢を見るのは好きでした。若いころ、といっても5〜60才ぐらいまで財布が軽くなると時々空想を楽しみました。
1億だったら理想の家を建てたい。湘南のあそこを坪50万×150坪=7500万で買い、家は2000万、庭木が500万、設備はセントラル冷暖房、鉄筋が良いかなそれとも木造が良いかなあ。庭木は雑木の方が自然の趣があって良い。秋は庭中落ち葉で一杯にしたい。
こんなことを考えていると45分の通勤時間がすぐ経ってしまいました。
1億じゃあなく50億だったらどうしよう。
その時は個人のアーチスト団地を造ろう。オーケストラの連中は大体安月給だから20世帯分ぐらいの貸家を作り、彼等にただみたいに安い家賃で住まわせる。真ん中にアンサンブルが出来る小さなホールを造る。ホールの隣に小さなギャラリーも。画家も2〜3人住まわせるか…なーんて考えてると限りなく空想は広がって止め処ありません。
こんな他愛ない空想癖も年をとったら全然無くなってしまいました。
ホリエモン  一丁

ここ暫くホリエモン氏(君というべきか?)とフジテレビをめぐる話題が賑やかです。
過日の話飲会でも話題になって、大勢は、ホリエモンの行動については、少なくとも心情的には理解し支持するということでしたが、中には、彼の狙いは利ざや稼ぎつまり「金」だけではないかという意見もありました。

門閥も、金もない青年が、改革の理想に燃えて 「旧」、「既存」、「権威」に一人で挑戦するというのは、我々のお好みのパターンなのだけれど、今回は、青年が金持ちで、金を武器に戦っているということが、問題を複雑にしているようです。

ホリエモン氏の金銭観は、「「カネで買えないものは、差別につながる。血筋、家柄、毛並み。世界で唯一、カネだけが無色透明で、フェアな基準ではないか」ということのようです。

金を見る目は人さまざま、「世に銭ほど面白き物はなし。(井原西鶴)」というところでしょうか。
地獄の沙汰も金次第。(竹川黙阿弥)
A「あなたが一番影響を受けた本はなんですか」
B「銀行の預金通帳だよ」 (バーナード・ショー)
おかしいわよ、金持ちの人がお金でなんでも手に入ると思っているのは。
あたし、そんなもの少しも欲しくない。好きな人とならどんな汚い部屋だってかまいやしない。
気が向かなかったら、豪邸に住めっていわれたってイヤだわ。お金なんて……、
そう、お金の上でダンスしてみせるわ、つばをひっかけてみせるわ。(E・ゾラ)
富は海の水に似ている。それを飲めば飲むほど、のどが乾いてくる。(ショーペンハウアー)
財布が軽ければ心は重い。(ゲーテ)
人間よりは金のほうがはるかに頼りになりますよ。頼りにならんのは人の心です。(尾崎紅葉)
恥に耐え、命の限りに全力を尽くせ。旧友との交際を絶ち、義理に背け。もし富を得たいのならば(孟子)
愚か者は、金を持って死んでいくために、貧乏で暮らす。(ブロッケス)
金は肥料のようなものだ。ばらまけば役に立つが、一ヶ所に積んでおくとひどい臭いがしてくる。(クリント・W・マーチソン)

まあ「金は天下のまわりものだ。いつもこちらをよけてまわるのが気にくわないが。(ツルゲーネフ)」とぼやきながら、確定申告で、いくらかでも戻ってくれば大喜び(もともと自分が払った金なのに)してなんとかその日その日を暮らせれば、よしとしておこうではありませんか。
3月5日七十路会「話飲会」に初参加しての感想      宇宙

同じ七十路を「しぶとく生き抜いてきた」同志の七人の方々の仲間に、私こと「宇宙」(午年:人生経験74年と4ヶ月)が参加させていただきました。老大人と老才女の談笑は なんと、心に迫る感動の言葉が多いのである。人は、相手の心の気高さや潔さに感動して生き甲斐を感ずるものだし、行動するものだが、まさに「人生意気に感じた」一瞬であった。また酒銘「一ノ蔵」の美酒が喉元を流れ行くときの感触と、あの仄かな甘いそして清楚な香りを、我が身内の60億個の細胞が一斉に反応し脳から報酬系のホルモンがあふれ出し 思わず発声した「生きていて良かった」と、今日の後に今日はないので 空白の限られたる人生 一時を大いなる談笑で過ごせたことを幸せに思います。感謝
4月
27日 桃源郷         宇宙

四月二四日 宇宙のお爺さんとお婆さんは福島の花見山に行ってきました。
バスから花見山が見えるようになってきました。なんだか絵画のように色とりどりしてるのではありませんか。下車してから山を見上げての驚きはありませんでした。これがあの世で言うところの「桃源郷」と思いました。
暖かいそよ風か流れ 花のなんともいえぬ香りが漂い 鶯の鳴き声が聴こえてきます。
 芥川龍之介の作品「蜘蛛の糸」の極楽の情景をあらはした文章と同じだとおもうほどでした。この世の空白の少なくなった老夫婦と似合う 一日でした。 宇宙より 
22日 愛・地球博    大丈夫

愛知万博へ行って来ました。
大阪万博でパビリオン建築(カナダ、ベルギー、フィリッピン、韓国、オーストリア、イタリ−、チェコスロバキア等の外国及び国内含めて20箇所)に携わった昔の会社の建築工事関係者が35年ぶりに集まり「懇親と愛知万博を見学しよう」ということになり名古屋に集まりました。
懇親会に集まったのは約3年間同じ釜の飯を食った約30人、。東京オリンピックに続いて日本経済の高度成長のスタートのきっかけを作ったといわれた大阪万博、1年間休日を取ったり、夜は12時前に帰った記憶もなく、今考えるとよくも頑張ったもの。今では亡くなった方、健康を害して出席できない方もおり、集まった連中はさすがに丈夫で運のよい方々ばかり。35年経って風貌は間違いなく変化しているはずなのに、「おまえ変らないなー、ほんとうに―」。
話題は勿論昔の事ばかり。苦労したり、苦しかったことが沢山在ったはずなのに、思い出というのは殆どが美しく楽しく、懐かしいものばかりになります。

愛知万博、1ヶ月足らずで入場者数200万に近いと言われています。
面積規模的にも大阪万博の半分と云われていますが、環境保護という大きなコンセプトにそって山林、沼、池等の地形を余りいじらずそのままいかす全体の設計がなされており、自然の森もいっぱい残されております。猛烈な暑さの名古屋ではなく、新緑の気持ちよい名古屋で2泊3日。万博施設はは基本的に仮設の建造物ですから会期後取り壊すことになっているのですが、半永久的に残そうという考えか方があります。織田信長の時代から物作りりのメッカ名古屋、石橋を叩いても渡らない名古屋、何をやるにしろ常にコストパフォーマンスを考える名古屋の気風が残っています。
人気の日本の企業パビリオンには軒並み2時間近い待ち時間の大行列が出来ていますので恐れをなして、待ち時間の少ない外国館エリアを中心に楽しんできました。各館のユニフォーム・やさしく親切な対応とともに、荷物検査に時間がかかりすぎる入場ゲート、値段の高い食事、入りたいパビリオンには長すぎる待ち時間(夜になると比較的短い待ち時間では入れる)、これら全てが万博なんですよね。
DVD         弦気

今日の新聞に「次世代DVD統一交渉」などとトップ記事になってますが、映像技術はどこまで進歩するのでしょう。

 それは兎も角或る人に勧められて「デッサンの55の秘訣」という本を買いました。著者はB.ドッドソンでアメリカ人。さっと見たところではなかなか具体的で見ただけで上手くなったような気がする、だいたいこういうノーハウ解説は欧米人の方が親切なのはどういうわけでしょう。
 それにしても描くという動きのあるものの解説には具体性に限界があります。その点DVDだったら明らかに優れていることは云うまでもないでしょう。

[デッサン上達の秘訣」とか「すぐに曲が弾けるピアノ練習法」なんていうDVDの広告を私はまだ見たことがないので、新星堂に聞いてみたらまだそういうものは出ていないと云う。何故なんだろう。この種のレッスンものはDVDの独壇場ではないんだろうか。将来この世界の技術が進歩してロボットと一体化したら絵や音楽の先生は困るだろうなあ。もっとも先生方は「テクニックはロボットでも教えられるが芸術は教えられないよ。」そううそぶくに違いない。
年年歳歳花相似たり    一丁

女房殿のお母さんが93歳で亡くなったとの知らせに、急遽夫婦で郷里の福井に帰ってきました。
仙台からは、小松空港便が便利なのですが、一日一便しかないので、名古屋まで飛行機で、そこからJRに乗り継ぐことにしました。

話題の名古屋セントレア空港にはじめて降りました。
やじ馬夫婦としては、噂の展望風呂や、10分100円のインターネット端末などを見学し、海上に沈む夕日なども眺めたいところですが、今回は先を急ぐ旅、通過するだけです。

それにしても、こんな突然の旅でも、インターネットを使えば、安い航空券探しや予約は勿論のことJR駅までの乗り継ぎの経路や時間、運賃などの一覧がパソコンの前にいるだけで完了するのは便利になったものだと思います。

葬送の車窓から眺める故郷の堤防の桜は満開、「年年歳歳花相似タリ 年年歳歳人同ジカラズ」
そんな漢詩が強く思い起こされました。
19日 井上陽水   りりー

最近車の中で聞いた井上陽水の歌にすっかり嵌まっています。
少年時代、傘がない 夢の中に 心もよう ワインレッドの心 ありがとう など など なんともいえず楽しくなるのとか最後のニュースなどはどきりとする歌詞のもあり、過ぎ去った青春が懐かしい。
むかしはやっていたようですが、みなさんは聞かれたことありますか?
こんな旧い曲のCDは見つからず何曲かはテープにとりました。
6日 お寺     弦気

先日、1周忌があって北仙台の東昌寺というお寺に行って来ました。このお寺は枝垂桜が何本もあり開花期は花見が出来ます。
感心したのは本堂の一部分が椅子席(3〜40席)になっており、足腰の悪いお年寄り、身障者への心遣いが感じられました。
こういうお寺は今まで私は始めてなんですが、最近はこういうお寺は他にもあるので しょうね。お寺仏事嫌いの私でもこういうのを見るといくらか心がほどける思いがし ます。
蕎麦    一丁

私の蕎麦は「おろし蕎麦」です。
これは、かけそばに大根おろしをたっぷり載せただけのものですが、郷里の福井では、もっとも普通の食べ方です。
蕎麦は、手打ち風の黒くて太目が好いです。
  蕎麦          弦気

4月2日の七十路会の話飲会に私は所要で出席出来なかったが、蕎麦の話が出たようなのでちょっと口を挟みたくなりました。
私は暫く前から駅の立ち食い蕎麦が一番うまいと思ってる一人です。いろいろ蕎麦屋は入ったけれどどうも私の口に一番合うのは立ち食い蕎麦です。特に仙台駅舎内の店です。種類はいろいろあるが、私の好きなのは野菜かき揚げ蕎麦(300円)です。普通の蕎麦屋の海老てんぷら蕎麦(1200円ぐらい)よりもこっちの方が好きなんです。野菜がぐずぐずに崩れてつゆに溶け蕎麦と一緒になってるのを食うのが旨いんです。
もし海老てん蕎麦とかき揚げ蕎麦が値段逆転していても野菜かき揚げの方を選びますね。
私のようなのは「蕎麦つう」から見たらさぞ軽蔑の目で見られることでしょうね。

5日 ローマ法王の死去        クラシック

世界の多くの人に感銘を与え,慕われて回復を祈られていた法王が死去されました。
宗教者として「すべての人が人間らしく生きられる世界を」「戦争やテロのない話し合いと平和の樹立を」と「在位26年の間に133カ国を歴訪され多数の文書、書簡、メッセージを通じて、すべての人間の尊厳と人権の尊重を訴えつつけた」とのことです。私は仏教徒ですがこの法王の人間として宗教者としての全人生を賭けての生き方に強い感銘をうけました。ヒロシマから全世界にむけて 平和アピール を発表されました。
心から地球上の生きとし生きる全ての命の事を大切に考えた方ではないかと思いました。
今にして思えば偉大な方でありましたね。
やすらかにご冥福をお祈り申し上げます。
                                クラシック

4日 1日1善園芸   一丁

なんとなく春めいてきて、園芸主任の女房殿の指示で、ボツボツ庭いじりを始めました。
庭というにはあまりに狭くそんなにすることもないし、すぐ腰が痛くなるので、一日一善と称して、少しずつやることにしています。
困るのは物忘れで、つい先まで使っていた移植ごてのありかがわからず探し回ったり、しまい忘れて雨ざらしにしたり、物置の戸を閉め忘れたり、失敗続出です。
それでも、今年も春の早い山野草類、パンジーなどが咲き始めて、狭い庭もなんとなく華やいできました。年を取ると、やはり暖かいほうが良いですね。

ローマ法王が亡くなられたとの事、私はキリスト教徒ではありませんが、宗教の影響力を駆使して、世界の平和に大きく貢献された方のご冥福をお祈りしたいと思います。

ここでしばしば話題になる尊厳死には、きっぱりと否定する立場に居られたようですが、厳しい神の戒律と現実とを次の法皇様はどう調和させようとされるのか、興味深いことです。

仏教徒としては、このような問題に仏教の指導者はどのように考えているのか、全然アナウンスされないのは少々寂しいことです。
祖先を敬い、死者を弔うことは大切なことだと思うけど、生きている人間の魂を救い、正しく導くことはもっと大切なことだと思いますがどんなもんでしょうか。
3日 皇居和倉壕で初桜観賞と同級会   宇宙だより

四月二日仙台駅六時〇〇分発東京行(やまびこ132号)に乗車→七時四四分東京駅着丸の内出口から皇居に向かいました。東京の朝七時ころ は人も車も、廓寥としており車道も悠々闊歩して歩けるのでした。
ここが東京丸の内?と夢心地で両手を逆ハ字に思いっきり上げ天を支える。おお〜天よ!と小さく叫んでみた気持ちが良い。はて同じような格好をした彫刻があるのに気が付きました。同じ場所で雑踏の時刻では彫刻が目立つ状況にはないのですから。
また東京駅舎は、いつ見ても明治を思わせる。私が生きてるうちは撤去されないよう祈る。
駅舎の屋根の材料は宮城県登米産の石材と聞いたことがありますが定かではない、ですから駅舎の煉瓦壁色とこの屋根石色が絶妙な色光を放っているのであります。それに,この天を支える彫刻が見事に調和しております。この情景にしばし見惚れてから、皇居を目指して歩を進め 見通しが良いので皇居の樹木の緑と石積が見えた。
和倉壕に着く、車の騒音もなく 時おり早朝散歩する人が通る 美しい なんと表現したら良いのか お堀の水面・石積・水鳥・若葉色を発色 し始めた柳の葉・そこに四部咲きで初々しい桜色した
桜が・そこに私の身体の振動を感じたのでした。今日は横浜 戸塚柏尾川土手で少年時代の友達六人で逢うことに毎年決めております。
其の日が今日であります。みんな 故郷・越後の出身ですが故郷までこれない友達が一人居るのです。肺機能が低下しており酸素ボンベを手車に乗せ左手には脈拍計を握り100mも歩いては10分休憩な状態なのです。
そこで彼のために いや 動ける私達のためにも彼の住宅がある戸塚で毎年四月一週目の日にちを決めて逢うことにして居るのです。17歳で彼は海軍予科練に行って苦労したのです。十二時丁度に集合 みんな、おもっいきりの笑顔で手に手を握って 「また逢えたな〜よかったよ」毎年一様に老化がすすんでいるのが解ります。熱燗を、お猪口に注ぎ 乾杯 老人の癖にメチロ(涙)が涙腺を流れるのを感じました。のは私だけではなく みんなでした。

1日 尊厳死論争      弦気

今朝の新聞でアメリカで15年も植物状態にあり、政治,司法を巻き込んだ尊厳死論争が注目を集めていた女性(テリーさん)が31日死亡した、と報じられていました。
先にこの論争問題はニュースになっていたが、何でこんなことが問題になったのか私にはさっぱり分からないが、どうも想像するに亡くなった本人は尊厳死協会に入ってなく、夫が延命治療を止めて欲しいと頼んだことが問題なんだろうと思う。
若し本人が会員になっていたら全く問題にならない筈だ。それにしてもこういう場合誰か身近かに頑迷な生命尊重論者(大体偽善者が多い)がいるとこじれるんだが、アメリカという国は意外とそういう一面があるような気がします。   
5月
29日 同期会       弦気
 
 5〜6年前から会社の同期会が毎年やるようになりました。毎年5月、会社の保養所でやります。今年は淡路島です。私は淡路島は行ったことがなく、鳴門大橋も始めてです。神戸三宮から高速バスに乗りましたが、淡路島というのは島とはいえ以外に大きく、端から端まで50キロメートルはあり、三宮から1時間10分もかかりました。
 大橋を渡るときは瀬戸内海を低空飛行するような感じがします。
 私達の同期会は入社時は46名、毎年1人は亡くなり現在26名、首都圏在住13名、阪神地区10名、九州、名古屋、東北各1名。今回出席者18名、10名は夫婦同伴、私も同伴の予定だったが、急に家内が腹の具合が悪くなってドタキャン。
 この年になると同期会は戦場で生き残った兵士がお互いの幸せを確かめ合ってるかのごとき感があります。「来年また会おう」なんて別れの挨拶するときも心から無事を祈るような目付きさえ感じられます。
 神戸の彼曰く、「俺は東北は何度も出張したことがあるが、東北は米はうまい、酒はうまい、女は色白美人、云うことなしだ。」彼は日本海側が頭にあるらしい。
 阪神大震災で家がつぶれたのは1人だけ、彼は2階に寝ていて1階がつぶれた由、彼の地震体験は私の参考になりました。 
 来年の同期会は東北でやろう、という声あり。
雪と新緑    一丁

恒例の羽黒山石段登りに今年も庄内に出かけました。
高速道路から眺める月山は、まだ雪の中ですが、低い山々は、緑と残雪のまだら模様です。

羽黒山は、一木一草去年と少しも変わらない感じで、ここに来ると、気の遠くなるような静けさの中に、時間の流れはとてもゆっくりで、本当に気持ちが休まります。
2446段の石段のぼりは、休み休みながらも、どうやら登りきれました。
途中の二の坂の茶屋のおばさんも、お嫁さんも元気で、再会を喜び合いました。

それにしても、山麓の国宝5重の塔は、囲いもなく全く出入り自由になっていますが、最近の世相の中で、大丈夫かなと心配になりました。

山を下りて今回は酒田の町をゆっくり回ることにして、「簡保の宿」というのに泊まって見ました。
その報告と、酒田観光記は次回に。写真は拡大してご覧下さい。
新緑      大丈夫

わがホームページの表紙『新緑』にちなんで。
先日、初めて青葉山の東北大学理学部植物園へまいりました。
自然に手を加えずに林の中に遊歩道が設けられており、数人の仲間と気持ち良く歩きスケッチなどしてきました。
続いて、義母の法事で京都へまいり、3日ほど京都の新緑を楽しんでまいりました。
歴史ある街・京都には多くの神社仏閣の庭園があり、それらは有名な庭園であればあるほど、全く自然のままではありません。
枯山水、飛び石・敷石・石橋・敷き砂・灯篭・石庭、樹木植栽、茶室・東屋・方丈等の建物、借景、築山、滝・池泉・川、苔、竹垣、これらが一体となった日本庭園に佇むと一つの宇宙を感じることが出来ます。
新緑の中の木漏れ日を見ているといつまでも其処にいたいと思います。
植物園の「野山的な自然」、日本庭園の「人工的な自然」それぞれの新緑はそれぞれに素晴らしいものでした
19日 河北新報印刷センター    一丁

町内の老人会の行事で、パークタウンにある河北新報の印刷センターを見学しました。
万全の耐震対策が施され、環境にも配慮された美しい建物で、3Fに見学者ルームがありここから場内の様子を見れるようになっています。女子社員が案内と説明をしてくれました。

巨大な塔のような輪転機が4セット設置されていて、1時間に17万部の印刷能力があるそうです。
見た時間には、輪転機は稼動していませんでしたが、いずれにしても殆ど無人工場に近く設備の近代化が進められているようです。

河北新報という社名は、「白河以北一山3文」といわれていた東北の振興を目指して、河北と名付けられたのだそうで、私は始めて知りました。

こんな最新の設備を見ていると、少子化で人口が減ったとしても、それはそれで、今みたいな押しあいへしあいの世の中よりも、少ない人たちで、ゆったり暮らせる世の中になるかもしれないなどと思えてくるのでした。
ひよどり            弦気

 2週間前、朝ガラス戸が突然、鈍いような鋭いような大きな音がした。ガラス戸に目をやったが何も無い。戸を開けて見たら下のタイル敷きの上にひよどりが倒れてます。即死です。口から血が一滴垂れてる。
 ずっと以前も雀が同じようにガラスに衝突して死んだことがありました。
鳥類は視力がずば抜けて良い筈なのにどうしてガラスに気がつかないんだろう、私は外に立って窓を見たら、ははーん、ガラスは鏡の役をして外の景色を写しており、庭や木立が写ってるからその木をめがけていたんだ。と分かった。そうか鳥達のためにはガラスは曇らせておいた方が良いのかもしれない。
 死んだこのヒヨドリを土に埋めようか、どうしようか、迷ったが家内は土葬より火葬が良い、それには燃えるゴミに出すのが良いと云って丁度ひよどりが入るのに良い按配の棺おけそっくりの菓子箱にティシュウを敷き蓋をして燃えるゴミ収集に出しました。
 さて翌日から今まで必ずつがいで来たひよどりは1羽だけとなりました。特に悲しそうには見えません。挙動はいつもと変らず餌を探しています。でもいつもの2羽どうしが追いつ追われつ?の戯れの所作は当然見られません。心なしか可哀相に思われます。
 4日前、恋人?と一緒に現れました。まだ知り合ったばかりの遠慮からか別々の枝に離れて止まっています。でも夫婦になれて良かった。…そう思ったのは早合点でした。次の日からは又1羽だけになりました。
今日も1羽、今日も1羽か。毎朝気になっています。

17日 学力低下が年寄りの楽しみを奪う?  あかとんぼ

 学力低下が年寄りの楽しみを奪う?
若葉の季節になると、小学校高学年から高等学校1年生を対象に学校から瑞鳳殿のほか、仙台城・仙台箪笥工場と 史跡・伝統産業へのガイド依頼が数ありました。

 ガイド仲間の爺婆は、孫の同級生を案内する気持で、体調を整え、復習し、張り切ってガイドしていました。

 今年もと 待っているのに、幾ら待っても 依頼がありません。
高齢者の体力を気遣って 他に依頼されたのではなく、校外学習そのものが、取りやめになったようです。

 理由は、小国民の学力低下が問題になって、学習時間の見直しが進められた結果、校外学習の時間が切られたらしいです。

 明日の日本を背負う小国民の学力向上が緊急課題は理解するも、こんなかたちで、年寄りの楽しみに 反響するとは 想定外でした。

 残った心配は 郷土の歴史、伝統産業を机上の学習で理解してくれるだろうか です。 
瑞鳳殿・勉強会        宇宙

五月十三日小雨で底冷えのする三月末の気温の中、私達七十路会は瑞鳳殿を勉強することになった。この講師に七十路会の”あかとんぼ”さんにお願いした。
”あかとんぼ”さんは瑞鳳殿に来訪する観光客の案内ボランテアを長年されており、その経験はまことに豊かである 
私は新しい政宗公の人間としての魅力の一端を知ることが出来た。その魅力に惚れた沢山の家来・民衆が居ったからこそ伊達政宗公が現代でも輝いていると思う。その黒子の人々に、大きな感動を覚えた宇宙でした。 
12日 心に沁みた映像から        クラシック

5月5日 NHK 滝 天空に光る
ドギュメント ある日本の写真家が世界中の感動的な滝を尋ねて写真集を創ろうとする話しでした。
アメリカのヨセミテで雄大な滝と出会い 白く轟く美しい姿を夜の天空に輝く北極星と共に写したいと何夜も努力する姿 宇宙とつながる滝 と言う、その美しさ荘厳さは圧巻でした。

    山間にとどろき放ち 太古より
      天空に光る ヨセミテの滝

5月7日 NHK ドラマ 望郷
ソ連捕虜収容所での国境を越えた友情の実録のドラマですが、シベリアに送られ帰らなかった方の多い日本人にとって涙なしでは済まない話しでした。零下40度 本人の意志とは何の関係無く理不尽に送り込まれ いつ帰れるか解らぬ青年達・・・
まだ幼さの残るルーマニアの青年と故郷を語リ合う日本の青年 私はいまだに涙がつたって参ります

   恋人が待つと語りて その国の
      湖のごとき 瞳を向けし君

爽やかな季節になってきました、地球上がみんな幸せであってほしい

    紅のつつじ花咲く 山の辺を
      たどれば 蒼き風と出会いぬ 
10日 忘却             弦気

忘れるという字は心亡いと書く心無き吾何者ならん
 
忽ちと書く惚けの字よ古希過ぎてつるべ落としが身に沁みるなり
8日 非日常      大丈夫

非日常とは「普段の生活とは大きくかけ離れていること」(大辞林)。
人により普段の生活は様々ですが、この2週間で、私なりの多くの非日常的な経験をいたしました。

その1 ゴッホの絵を沢山見たこと。
   愛知万博に合わせて開催されている名古屋ボストン美術館「ボストン美術館の巨匠たちー愛しきひとびと」での『郵便配達員ジョ―ゼフ・ルラ ン』。
   北の丸公園・竹橋の東京国立近代美術館で開催されている「ゴッホ展ー孤高の画家の原風景」での『夜のカフェテラス』『黄色い家』『糸杉と星の見える道』他代表作約30点、ミレー、セザンヌ、モネ、ゴーギャン等関連作家の作品約30点、浮世絵や手紙資料、38歳で自死するまで移り住んだヨーロッパ各地で精力的に生み出していった作品群を時代順テーマごとに展示し,今までにない展示の仕方でした。
   6階の窓から見える皇居、御濠端の八重桜並木も満開で気持ちの良い眺めでした。
日本ではゴッホは勿論フランス印象派の画家は特に人気があり、平日にもかかわらず多くの人が押し寄せていました。
   ゴッホの情熱的な人生は伝説になっていますが、「天才と狂人は紙一重」ともいいます。動物の中で、人間だけが異常に発達した前頭葉を持っています。創造力豊かな芸術家が精神的な病を得て自殺する例はけして少なくないようです。生涯に売れた作品は一点しかなく、殆どの作品は弟テオのもとに残されたといいます。このコレクションを引継いで世界最多のゴッホ作品を所蔵するオランダのファン・ゴッホ美術館、同じくオランダのクレラー・ミューラー美術館。今回の企画はこの二大美術館からの作品で成立しており、是非とも行って見たい美術館です。 
    一方、アメリカのボストン美術館。ここには有名なポール・ゴーギャンの遺言的大作『我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか』があり、是非行って実物を見たいものです。

その2 珍しい蕎麦「寒晒し蕎麦」を食べたこと。
   「寒晒し蕎麦」とは、前年の秋に収穫した新蕎麦を貯蔵しておき、1月の大寒の日を目処としてその日から2週間程度清流に浸し、その後厳寒の戸外で紫外線の強い冬の太陽の光と寒風に晒して乾燥させた玄蕎麦を云う。
   江戸時代大名から蕎麦を献上する藩は沢山あったが、季節外れの暑い時期に献上する「暑中寒晒し蕎麦」は信濃国の2藩(高島藩、高遠藩のみであった。信濃の国は昔から厳寒と冬の強い日差しを利用しての保存食(米・寒天・もち・蕎麦)作りが盛んであった。
蕎麦は梅雨を越して夏場になると極端に味が落ちる。厳寒期を利用して冷水処理、太陽光線の下で乾燥させることで夏でも味が落ちず、逆に美味しさが増すことも知っていた。
昭和35年から「山形蕎麦を食う会」を主催している、蕎麦愛好家の間では全国的に有名な蕎麦屋「萬盛庵」を中心に、信州蕎麦で有名な長野県高島町と交流を深め開発を進めていったという。
   うどんに比べると、お蕎麦は店により当たり外れが多いと思います。山形で食べる蕎麦には外れが無いともいはれています。
   いずれ劣らぬ蕎麦好き10人ほどで山形まで蕎麦を食いに行ってきました。
   場所は山形駅から南へ行ったところ、ここも研究熱心な蕎麦屋「庄司屋」。
   挽きたての寒晒し玄蕎麦粉で、打ちたて、茹でたての蕎麦は甘味をたたえ香りも豊かでほんとうにまろやかかでした。蕎麦がきは絶品でした。
   日本酒銘柄は「くどき上手」(亀の井酒造ー羽黒町)、「色よい返事」(高橋酒造店ー遊佐町)。蕎麦には地酒が合います。
  
その3 スケッチ旅行と絵画展。
   約30人、バスで桜満開の新市長選挙真っ只中の、みやぎの明治村・登米(とよま)へ。穏やかな小春日和、ゆっくりとした時の流れを感じさせる古い建物の多い街並。やっぱり花より団子、ビールで北上川の鰻もよし、のんびりと1日過ごしてきました。
   毎年恒例の藤崎で河北美術展、なんとなく低調、感激なし。
   大作ではない4年ぶりの渡辺雄彦展(晩翠画廊)、桜田精一小品展(鷹ギャラリー)、手抜きをしていない、完成度の高さには驚きます。
   笠間日動美術館の「私を見つめる私の目ー70人の自画像と作品」、単なる肖像画ではなく自我をさらけ出している画家本人の人格が見えるような気がいたしました。

その4 二本松から大河原まで80キロを3日間かけて歩きました。
   日本ウォーキング協会主催「平成・奥の細道ウォーク」、800年前、芭蕉・曾良の歩いた「奥の細道」を平成13年から10年かかけて春・秋開催される。全国から約750人が参加。
   途中芭蕉に関係する記念碑・句碑・建物・自然等訪ねながら、この時期にしては、高い気温が続き雨も降らず、良いコンデションのもとで歩くことが出来ました。江戸時代の人たちは、夜明けと共に旅立ち日が暮れる前に次ぎの宿に入る、一日約20〜30km歩いたそうです。
   毎日1万歩(約6〜7km)歩いていますが、スリーデーズ・マーチは久しぶりでした。
   健康のために歩くのではなく、健康だからこそ歩けるのだとつくづく思います。  
6日 けんじワールド   りりー

ゴールデンウイークに岩手県にあるけんじワールド行ってきました。すごい行列でどうなることかともう帰りたい心境。孫の希望で来たからには覚悟をきめて入るより仕方がないなんでも体験しょうと。

波の出るプール、流れるプール、一番人気のウオータースライダーなどなど 若者子供にまじって恥ずかしいのもなんのそのみんな遊ぶのに夢中で人のことなどかまっていられない風なのでひと安心。

ウオータースライダーって100メートルのウオーターチュウブの中を時速27キロで滑り降りるものだ。爽快より本当に怖かった。気絶しなくて幸いでした。
網張温泉で一泊ほっと一息つき帰宅しました。
5日 旅立ちの日に          クラシック

何時の間にか葉桜となり新緑の輝く季節になりました。東京の息子たちと元気を確認し合い、私は勝手に マイペースに連休を(何時も連休みたいですが)楽しもうと 久しぶりにマリオ・デル・モナコのイタリア歌曲のCDを聴きながら窓も扉も全開にして部屋の模様替えを始めました。 気分は爽快です 三階の私の部屋から、やや遅れ馳せの桜がハラハラと舞い 新緑の葉の上に山帽子の白い花が可憐にのって 五月の景色が広がっていました カンツオーネの明るい曲にピッタリの・・・
でも 私の陽気な気分はそこまででした。電話が鳴り 古い大切な友人夫婦のご主人が亡くなったと訃報が飛び込んできたのです

私の年齢になればどんな訃報も不思議ではないと半ば覚悟をしていた日常でしたが やはりショックでした 心優しく穏やかな仲の良いご夫婦でした。
3日の日告別式に参りました 
故人は八十八歳、奥さまは杖を突いて懸命に笑顔で挨拶をされ 私には痛々しく美しく見うけられました
共に人生を分け合い まっとうされた老夫婦の静かな美しさを感じました。

   旅立ちの蒼き真昼は 風わたり
    帰らぬ道を 桜花散り敷く
5日    ピアノ            弦気
 
 今年の正月からピアノをいたずら弾き始めました。調律師がこのピアノは良いピアノですよ。弾かないで放っとくのは勿体無いがピアノのためにも良くないですよ。と言ったのを思い出したからでもあるが、両手を使うのは老化防止になるかも知れない、という軽い気持ちからです。
「やさしいバイエル」教則本1、を独習でほんの10分か15分やるだけ。
私はヴァイオリンはやってるが、ピアノは触ったこともありません。両手を使うというのは難しいもんだなと思いました。
教則本にはどの指を使うか一つ一つ書いてあるのにその通り使えない、右指に神経が行ってると左指が置き去りになる、兎に角楽譜を目で見てその音を脳が認識し手先に指令して、鍵盤を打ち、鳴った音を耳で聞いて正しいか正しくないか判断する。この一連の動作で自分の脳が如何に壊れているかが実に良く分かるんです。さっきやったばかりのこの動作をすぐ忘れて何度も間違う。
MRIで脳を検査するよりピアノをちょっとやってみる方が脳の壊れ具合が実に良く分かるような気がしてなりません。
草むしり    一丁

今日は午前中に庭の草むしりをしました。
庭というにはあまりにも狭く、住居が四角なコンクリート造りなので、少しは緑がほしいと思って、思い付きで樹を植えたり草を植えたりしているだけなので、雑草が生えてもかまわないのですが、根茎で増えるドクダミ、トクサ、スミレや、繁殖力の強いユキノシタ、タンポポなどは放って置くといたるところから生えてくるので、やはり草むしりも必要になります。

しかし、やりだしてから少し経っただけで、つくずく握力の低下を実感しました。草をつかんで引き抜こうとしても、だんだん力が入らなくなります。
それに、植物の名前がすぐ浮かんできません。やはり年は争えませんね。
本当は、出入りの植木屋さんが庭木の手入れをするのを、縁側で眺めているご隠居役がやりたいのだけど、現実はそう甘くありません。

面白いのは、棲みついているガマガエルで、少なくとも5匹はいるのですが、それぞれ冬眠していた場所から這い出したのに、1匹だけプランターの下でまだ眠っています。ガマにも働き者と、のんびりしたのがいるのでしょうか。

厳しい冬を耐えた山野草の類は、春を待ちかねたように、花を咲かせました。いくつかの写真ご覧下さい。(クリックで拡大します)
2日 井上陽水        弦気

リリーさんが井上陽水の歌にぞっこん参ってるというのを見たが、昨夜のラジオ深夜便で井上陽水の歌を聞きました。私は井上陽水の名は知ってても彼の歌は何も知らなかった。
彼は父親が歯医者で彼も歯医者になるための大学を受験したが3回失敗したらしい。
失敗の原因はビートルズと女だそうだ。そしてとうとう医者にはならなかったという話だが、このあけすけ正直精神が歌詞にもよく表われていてそれが共感を呼ぶのではないかと思った。
生活・人生を歌うとき大抵自然に喩えたりして美化されることが多いが、彼のは極めてリアルにありのまま言葉にして歌ってるから解りやすくて親近感が湧くように思う。
2〜3曲聞いて眠ってしまったが、母親が漬物石を樽につける動作描写などまったくリアルに歌ってるがこんなのは普通歌詞には使わないだろう。
まあ新しい境地を開いた作詞作曲家であることは確かで、私も好きになりました。
端午の節句   宇宙

甍の波と雲の波 重なる波の中空を♪♪♪・・・

宇宙は午年生まれで今月五月で74回目の「端午の節句」を迎えることになります。調べてみると、節句端午の端は「はじめ」という意味で、「端午(たんご)」は五月最初の午(うま)の日のことでした。それが、午(ご)という文字の音が五に通じることなどから、奈良時代以降、五月五日が端午の節句として定着していきました。と言うことだそうでございます。鯉のぼりの風景などは絵になりますね〜 残念ながら絵は描けないのです が 書いてみようか、と言う気が起きる言葉に出会ったのです。それは福島県立美術館で「仙人と呼ばれた画家 熊谷守一」展を見て、その数ある画伯の言葉に以下のような一文の書が私の心に流れ込んできたのです。曰く「二科の研究所の書生さんにどうしたらいい絵がかけるか、と聞かれたときなど私は、自分を生かす、自然な絵を書けばいい、と答えていました。下品な人は下品な絵を書きなさい、ばかな人はばかな絵を描きなさい 下手な人は下手な絵を書きなさい とそういっていました。結局、絵などは自分を出して生かすしかないのだと思います。自分にないものを、無理に何とかしてもロクなことにはなりません。だから、私はよく二科の仲間に下手な絵も認めよといってきました。」(へたも絵のうち 1971年刊)
{熊谷画伯は国からの勲章授与もきっぱりと断っていたとのこと 人生の自分の哲学を確立されておる画伯とお見受けして感動致しました。)

宇宙は思う 自分が一所懸命にやったとき本当に褒めてもらって嬉しいのは自分の身内からでる褒め言葉ではないかと思うから 絵を描いてみよう 今年は 
 
6月
30日 宇宙だより      宇宙

私は童謡のメロデイーと歌詞がとても好きですが少年時代は歌詞の意味などは関係なしにメロデイだけ歌って不正確ですが歌えるのでした。それで充分にその季節ごとに浮かぶ自然の美しい情景が脳裏にメロディーが奏でられるのでした。今になって歌詞の内容を調べてみて 知るほどに感動してきました。遂にNHK泉文化センターの「童謡・唱歌の世界」長谷川朝子先生の教室に入りました。また弦気さんの喜寿お祝いのヴィオリンの演奏を聴く機会に恵まれましたが、この喜寿の弦気さんのヴィオリン演奏にも感動してしまいました。
人は感動すると自分で実行する行動を取るものなのです。不思議ですね 私はYAMAHAヴィオリン教室にはいりました。「エデンの東」がカリキラムに入ってから、この素敵なメロデイーがすっかり気に入りましたしかい歌詞がないのですね映画のサウンドサウンドミュジックだからでしょうか。
そこで自分で作詞してみました。作詞なんてしたことがありません。「熊谷守一画伯」の名言「絵の下手な人は下手な絵を書きなさい」そうです自分のために詩をかくのですから見せるものではないのですから。

作詞題名「七十路を生きる」作詞;宇宙
 ♪きらめく星空 仰ぎて思う 
    宇宙のながれに なそじを迎い
銀河の光に わが母をおもう
    いつかは帰らん 星の世界に

ところが「童謡・唱歌の世界」の長谷川先生から宿題がでました。自分の好きな曲とその思いを作文にしなさい。と言うことでした。これを発表したところ この詩には コンバース作曲の「星の世界」がよく似合うからみなさんと合唱しましょうと 夢のようなご指導がありました その上先生ご自身でハープを伴奏して下さいました。私こと宇宙は宇宙に舞い上がってしまいました。下記URLにご訪問して下さい。
そして合唱を聴いてください。

URL        http://mitio.cocolog-nifty.com/kokoro
28日 TV番組モニター    大丈夫

今年1月から始めた某テレビ局の番組モニターとしての最後のリポートを送りホッとしているところです。毎月異なる5つの指定番組を見て毎月1回リポート(4000字前後)を提出するものです。

   イ)番組内容をA(とても満足)〜E(全く満足しなかった)5段階評価する。

   ロ)番組内容について、よかった点・悪かった点を具体的に書く。

   ハ)番組タイトルについてどう思うか具体的に書く。

   ニ)出演者・ナレーションについてどう思うか具体的に書く。

   ホ)番組をどのようにしたら、より満足できると思うか具体的に書く。

番組は主としてグルメ、温泉、紀行、鉄道、情報の分野です。

物事に集中することが出来なくなったのでしょうか、ここ5年ぐらいはテレビを見ることが少なくなたのですが、この半年テレビの前に座り、指定番組はメモを取りながら我ながら真剣に見ていました。

何を見てもその番組のタイトル(新聞のテレビ番組表のタイトルは本当に大袈裟ですね)・評価・出演者・ナレーション・カメラワーク等等について「考える癖」が暫くは抜けないでしょう。これではテレビ評論家ですね。

番組の構成・出来不出来・金の掛け具合・出演者の適不適そんなことが良く見えるようになりました
26日 コスモスを植える   一丁

町内の老人会(豊友会といいます)が毎年「泉が岳のコスモス園つくり」運動に参加しており、今年も今日会員がそれぞれ種から育てたコスモス苗を植え付けに行きました。
日差しこそ強くありませんでしたが、気温は高く大変でしたが、一同元気に割り付けられたブロックに数百本のコスモス苗を植え終わりました。
花が咲くまでに除草も必要ですが、秋にはコスモスフエスタバルに参加して、ここで芋煮会をするのがこの会の恒例行事になっています。
何事もなく、今年も咲きそろったコスモスが眺められますように。
20日 宇宙だより         宇宙

去る六月十二日岩手県春子谷地湿原を散策してきました。当日の天候は宮沢賢治先生作品「おきなぐさ」の情景と全く同じでした。上空は風が強く雲は流れておりました。岩手山の山頂から雲が滑降してるのです。八ヶ岳の翁草を思い浮かべながら現地で朗読いたしました。風音も録音でき、そして幸運にも雲雀の囀りも録音できました。大自然の人との関係を重く感じ「天地万物吾を如何にせん」を朗々と詠いました。詳細はURL
http://mitio.cocolog-nifty.com/kokoroをご訪問下さい。
同期会       弦気

今朝、会社同期のものが亡くなったとメールありました。
今年は一人も死亡者はいないだろうなんて云ってたが、ああやっぱり。
彼は10年以上闘病生活で同期会に出て来れなかったが、10年以上顔を見ないうちに別れるとは寂しい。
これで26人が25人になった。入社当時45人だったのが25人か。
私は学校のクラス会よりも会社のOB会よりも会社の同期会に一番親密感を持つ。何といっても入社後半年間同じ釜の飯を食い、その後職場が全国に散らばっても40年前後付き合って来た仲間である。在校中だけの付き合いであるクラス会とは異なるものがある。
 同期会は退職後は3年に1度、2年に1度、そして5年前から毎年実施、夫婦同伴である。
 これからお互い年を取ってどんどん減って行くであろう。10年後は半分になってるかも知れない、しかし奥さん達はあまり減らないと思う。すると同期会はやがて同期未亡人会になること必定であろう。
18日 郷愁の卯の花         クラシック

今 朗読で、新美南吉の”花のき村と盗人たち”を読んで居ります。季節は丁度今ごろで この村で一仕事しようと、やって来た盗人達が次第に善良な人間に生まれ変っていく様子が描かれて居るのです。

その一節 「月の明かりに、野いばらとうつぎの白い花が、ほのかに見えている村の夜を、五人のおとなの盗人が、一ぴきの子牛をひきながら、子供をさがして行くのでありました」
私は この一場面が影絵の様で美しく好きです。
子牛を返す為に善良になった盗人達が歩いて行く姿です。

うつぎの花(卯の花)今は、あまり使われない様ですが 昔は垣根などによく咲いていたものでした。
「卯の花のにおう垣根に・・・」私はオカッパの頃の東京の洗足池のあの頃が、無性に懐かしくなりました。

   歓声はうつぎの花を振るわせて
     子等が散りゆく寺の境内

   かくれんぼ うつぎの垣に夕靄の
     薄くかかりて子等をよぶ声

   ほろにがく はかなく消えし初恋の
     なつかしきかな うつぎ咲くころ
17日 柳沢桂子の「生きて死ぬ智慧」         弦気

この本の広告が昨日15日の新聞にに大きく載っていましたが、クラシックさんのメッセージにも釣られて何となく買ってみようと本屋に行きましたが、売り切れてありません。検索器では在庫ありとして書棚番号まで書いてあるのに。
店員に聞いたら、取り寄せてもすぐ売れてしまうので検索器の訂正が間に合わないらしいです。なにしろNHKが放映したので、と嬉しそう。
たしかに本来ならそんなに売れる本ではない筈なのに広告文では23万部突破!大増刷中6月22日頃出来、となってます。
やっぱりNHKの反響は大きいなあ。
私はNHKを見たわけではないが、ある読者の声として、「これまで沢山の般若心経本を読んだがどれも仏説を古色蒼然たる講釈どおりに書いたものばかりだった。柳沢さんの訳で初めてブッダの空の哲学が、現代科学が明らかにしている生命と宇宙の真理と矛盾しないものだとわかった」とあったので本来なら絶対見向きもしない筈の私だが珍しく心が動きました。
靖国参拝     弦気

文春7月号に小泉総理の「靖国参拝」是か非かを有識者81人に問うた結果が載っていますが、ちょっと面白半分数を数えて見ました。
参拝賛成は44人、反対は30人、どちらともいえないが7人です。評論家、大学教授、会社社長、作家、政治家、などなどですが職業による賛成反対は見られないがただ一つ反対には政治家5人含まれるのに対し、賛成には政治家は居ないのが注目されました。
 44対30とはいっても圧倒的に賛成が多いとはいえないのは単純に賛成とかではなく条件付賛成とか条件付反対も多いからです。
 読んでみるとどれもいちいちもっともな感じがして私にはますます分からなくなり、却って馬鹿馬鹿しくなって来ました。
11日 ある本との出会い       クラシック

先日 リリーさんから「生きて死ぬ智慧」柳澤桂子著 の本を紹介されました。重い内容であるとのことでした、以前から柳澤さんに深い関心を寄せていましたので、およその見当は着きましたが躊躇なく購入いたしました。

柳澤桂子(66歳)さんは世界的な生命科学者です。しかし大活躍をしていた31歳の時、重い難病を患い以来36年間 現在でも治療を続け乍らの執筆 講演 研究の毎日だそうです。

本は「般若心経」の現代語訳でした。
これは科学者である著者が 死にたい程の肉体的な苦しさと 医者にさえも理解されない孤独感との葛藤の末に 到達した精神の世界を科学者として訳したと(あとがき)に書いてありました。

「般若心経」は私も一時興味をもって仏教書として手にした事がありましたが観念的で難しく中々理解できませんでした、この訳は 噛み砕き 噛み砕き 納得しながら 心の中を見つめながら 語っているように思います

それよりも”歌人”である柳澤桂子さんの短歌を紹介します
   やわらかき冬の光が身に沁みて
     生きよ生きよと我を温む

見事な生き方ですね。彼女に励まされて私も元気に残りの人生を生きたいと思いました 
またまた新緑     大丈夫

先日の仙台青葉山、京都日本庭園の新緑に引き続いて、先週福島の新緑を2ヵ所体験してきました。

1ヶ所は奥飯坂温泉、穴原温泉・天王寺温泉・茂庭の湯にそって流れている摺上川をさかのぼり完成間近の摺上川ダム。

遠く雪の残っている吾妻連峰、雪解け水の勢いよく流れる摺上峡、山の緑を移す静かなダムの水面、曲がりくねった新緑のトンネルを通るバス、日頃の行いの良い人ばかりの天候に恵まれた仙台からのスケッチ旅行団体でした。

2ヵ所目は白河高原。

昭和40年から毎年1回集まっている同じ釜の飯を食った現場仲間による30人ほどのゴルフと親睦の会、今年で40回目。

前夜の雨で緑も深くなった樹木植栽、暑くも無く寒くも無くスコアに言い訳の出来ない絶好のゴルフ日和。寄る年波で健康を損ねて年々参加者が減り、飛距離が落ちスコアも落ちるばかりのゴルフでも、温泉に浸かり酒が入れば昔話で盛り上がり和気藹々。

日本では緑色のイメージは自然・森・樹木・植栽・高原・竹林・苔・茶など自然環境にまつわるものです。みずみずしい黄緑色を表す「萌黄」をはじめ、昔から多くの緑色があり、「夏虫色」「裏葉柳」「苔色」「松葉色」「青竹色」「わさび色」「青丹色」その他。これは日本人の感性ですね。

何億年前か海の動物(両棲類)が海から上陸する前に、植物が地球上に酸素を作り出していった。従って緑はやすらぎ・癒しの色である事は昔からです。生命力を回復させ、安心感を与えるのでしょう。植物の葉緑素と動物の赤血球の機能と分子構造は似ていると聞いたことがあります。

疲れているとき、落ち着かないときには、公園・森林等自然の中に身をおいて植物のパワーをもらいたいものです。
10日 分水嶺      あかとんぼ
分水嶺をこの目で初めて見ました。
標高338メートル。緩い傾斜を幅1尺の田圃のセキ(小川)が流れ落ちた所が、丁字路。左が太平洋。右が日本海に流れます。
水は ためらい・考える 様もなく 淡々と左右に別れます。
意外な場所にありました。

山頂で東に向かって○○すれば太平洋に、西に向かって○○すれば日本海にと 冗談を言った事はあります。でも、実地は初見です。

人生は川の流れのようにと申します。ここを見ていて、我が人生に於ける分水嶺は何処にあったのかな と思いました。

分水嶺の所在は 山形県最上町堺田。陸羽東線堺田駅前です。
               
9日 かんぽの郷 酒田    一丁

郵政問題賑やかな折から、簡保の宿というのに泊まってみました。
女房殿が簡保に加入しているので、試みに予約してみたら、スンナリ取れました。
かんぽの郷 酒田 は、酒田の南郊にあって、広々した敷地に建っています。
テニスコートなどのスポーツ施設も敷地内にあるようでした。

建物も新しく、部屋も広くて(夫婦で、ツインベットプラス控えの和室)清潔でなかなかいいなという感じでした。
TV見るのにコインが要るなどけち臭いことにはなっていませんし、広い大浴場にもカーペットが敷いてあって滑らないようになっています。これでビールを飲んで宿泊料は夫婦で25000でお釣りが来ました。

気配りの行き届いた老舗の旅館や、鄙びた秘湯ムードはありませんが、パック旅行専門旅館などに泊まるよりもこちらがいいと思いました。

食事には注文があります。
決して悪くはないのですが、年寄りには、品数も、量も多すぎます。
食事を残さないように育った我々の年代は、何とか残すまいと思うと却って負担になります。
「食べきれないほどのご馳走」というより、少しでいいから、土地のものを美味しく食べさせて欲しいと思いました。
以上酒田旅行のご報告その2です。
なお料金は、簡保非加入の場合は、割り増しになるようでした。
最近買ったもの    りりー

ニニロッサ のCD 5枚
日本伝統芸能 落語のDVD 10枚

どちらもラジオ深夜便で聞いていて欲しくなったものです。
トランペットの音で聴くジェルソミーナやゴットファーザー慕情やG線上のアリアなどとってもステキです。
古典落語はなかなか聴く機会が少なくなったので老後?の楽しみです。

生きて死ぬ知恵
 生命科学者 歌人 柳沢桂子 文
          堀 文子 画
黒い表紙の本を手に取ったときはどっきとしました。
50ページにも満たない本ですが、内容は私が求めたものでした。
紹介しようのない重いものです。
2日 宇宙だより
八ヶ岳高原で絶滅危惧植物の翁草を見て

今年も水無月を迎えましたね〜七十路川の流れも八十路川に、もう少しで合流地点に達っします。
この川は広瀬川等の地上の川と違って天にむかって流れる川なのですね〜せせらぎの音は七十路を生きる人それぞれに違うのです。
 私こと宇宙は、お天道様が上がる前に起床します 新鮮な外気を胸いっぱいに吸い 今日は天つ御空(あまつみそらに)に行くかもしれないと思うことにしています。なぜなら宇宙の定められた流れは、わからないのですから、「天地万物吾を如何にせん」と思います。そうすると 庭に咲いてる雑草もすべてが、生き生きと新鮮に見えるからです。今日も穏やかに過ごそうと自然に思いがでてきてとても心が安らかになるのです。こんな気持ちで水無月を過ごしたいと思います。翁草のように 「宮沢賢治作品 おきなぐさ(通称うづのしゅげ)」の一節 うづのしゅげ の花はすっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました。・・・と、この翁草の房が雲雀と対話する言葉が大好きです 曰く・・・ああ、僕まるで息が せいせいする。きっと 今度の風だ。ひばりさんさよなら・・・・と言って「天つ御空」に飛び立つのですが そして宮沢賢治は「翁草の魂はどうなったか それは変光星になったと思う・・・と結んでいます。

七十路会宿題の川柳を一句 「おきなぐさ 頭をたれる 天女かな」

宮沢賢治作品 「おきなぐさ」の記事の詳細を下記URLに示します。ご訪問下さい 
http://mitio.cocolog-nifty.com/kokoro/2005/05/post_dede.html
「今日の私」    弦気

 昨日税務署から「確定申告書の見直し・確認について」という書類が届きした。見たら、1、雑所得及び合計所得2、配偶者控除及び配偶者特別控除について計算誤り、記載誤りがないか見直し確認をお願いいたします。と書いてあります。
そこで申告書の控えを点検したが、どこが間違ってるのか分かりません。
税務署に聞く外ないと思い、電話で尋ねました。すると「配偶者特別控除48万円は 今年から適用外なのでゼロになり、配偶者控除は38万が48万になります。その結果所得税はしかじかです」と。
ちぇっ!6万円アップかあ!何だか変だとは思っていたが…。
 それは兎も角、私はこの書類の書き方が気に食わないです。
何故最初からあなたの申告書のここが間違ってます。理由はこれこれで正しくはこう です。とはっきり書かないのだろう。そうすればこっちだって暫く見直しに暇取った り、電話で問い合わせたりしなくたって済むのに。
それともう一つ気になるのは手書き部分の文字が実に稚拙で脱字もあったりしてまるでアルバイト学生でも書いたのかと思われること、まさかこんなプライベート書類をアルバイターなどが扱うことは無いだろうとは思うけど、最近の役所の良識感覚の無さからして疑いたくなります。
1日 衣更え   あかとんぼ

6月1日 衣更え なかなか情緒のある言葉です。
朝食後 女子高性が白の半袖に替わったを、テレビを見ていた取締役「我が家も 衣更え 夏仕様に」と宣言されました。

取締れ役 早速 居間の絨毯を夏敷きに取り替えました。
瓦斯ストーブは元栓をきっちり閉め カバーを掛けました。
居間の戸障子を格納し風通しを良くしました。 
晩酌も 当然 酒から麦酒でしょうネ。

此まで いつも「寒い サムイ」と云い ストーブの前を独占していた取締役は 此の後 大丈夫でしょうか。些か 心配です。
あさってには 又 衣更えさせられるのでは。 
7月
21日 老化度チェック(弦気さん作成)をしてみました     大丈夫

1、 早寝早起きである―Y。食事をすると直ぐに眠くなり、くだらないテレビのバライテイ番組に
  腹をたてることもなく、翌朝シャワーの後2時間ほどで本を1〜2冊読める。
2、 夜中1〜2度目を覚ます―N。
3、 1日の睡眠時間は6時間以内である―Y。誰でしたか著名な哲学者の言葉で「寝ている
   時間は死んでいる、起きている時間は生きている」生き急ぐ必要は無いですが、精一杯
   生きたいものです。
4、 入れ歯有り―N。
5、老眼鏡を使用している―Y。字を読むときに使用。しかしはずしたときが辛いのでなるべく
  使わないようにしています。
6、一時間以上の読書は疲れる―N
7、耳が遠くなった―Y。口うるさい家人にたいする自己防衛反応でしょうか。
8、頭髪は白いか非常に薄い―Y。見ての通り、遺伝と加齢です。
9、皮膚に皺やしみが増えた―Y。今流行の「アンチ・エージング美容外科」で修復できるそう
  ですがお金が出来たらやってみたいものです。
10、一度に3000歩以上歩くと疲れる―N。1日1万歩を歩くことを目標にしています。
11、肉類は余り食べたくない―Y。食物の嗜好は幼児体験だといいます。
12、酒量が前よりだいぶ減った―Y。仕事で呑む事がなくなり、健康にはよい事です。
13、何かしら薬を服用している―N。呑みすぎた時に太田胃散、いい薬です
14、人の名前を直ぐ忘れる―Y。忘れるというよりも思い出せないんです、困ったものです。
15、昨夜の食事の献立を覚えていない―N。粗食ですから直ぐに思い出せます。
16、電話番号を覚えているのは二つ以内―Y。仕事を離れてから自宅意外は全く覚えていない。
17、最近感動することは殆どなくなった―N。NHK・BS‐2・朝8時15分「世界わが心の旅」
逆に涙もろくなりました。
18、最近人を叱る事が殆どない―Y。身近にそういう人も居なくそういう環境にもいない。
   赤の他人を叱る勇気も無く、危険ですから。
19、最近夫婦喧嘩はしたことが無い―Y。昔から一つ言うと十ぐらい返って来ますので。
20、セックスは久しくしていない―Y。相手がいないんです。
Y‐該当項目13/20、老化度65%、辛うじて合格(?)。
老化度と似た言葉に老人力があります。
数年前のベストセラー「老人力」(赤瀬川原平著)から、「老人力」は流行語大賞に選ばれました。
年を取れば体力も衰え、記憶力も鈍ってくるが、若い頃のリキミ・無駄な努力というものが無くなり、別な力が備わってくると思います。従って老人力は老化度に比例します。
「私は老人力がついてきた」といえますし、さらに「老人力をつけたい」と思います。
17日
母音語族の国に生まれて    クラシック

リリーさん紹介の母音語族、子音語族、の学説は流石、研究熱心で知性的なリリーさんらしい良い本を見つけましたね、日本語のアイウエオが母音語であると云うことは聞いていましたが・・・
欧米人にとって 虫の音 川のせせらぎ 木の葉を渡る風のささやき 等は雑音であるらしい、と云うことは、私は東洋と西洋との文化の違いによる感覚的な面での受け取り方の違いと、解釈していました。言語そのものが子音語であって子音語族と母音語族には言語による感覚的な受け取り方にも違いがある、とは驚きでした。また一つ勉強いたしました、我が家にもカナダ人が居るのでコッソリ観察してみましょう。母音語には心に安らぎを与える響きがある とすると彼女が日本に住みついたのは母音語のお陰かなあ?
いずれにせよ 私は年を重ねるごとに日本語の美しさを認識する様になってきました と同時にこの国が愛おしく この国に生まれて良かったと思うのです。
あまり関係はありませんが

  七十路ゆく身にはあれども熱き火を
      ひそかに抱きて生きたしと願う
                     クラシック
16日 言葉の音の響きに興味がある      弦気
「子音語族 母音語族」

 リリーさんの本題の感想、さすが朗読の大家だけあって読む本が違いますね。
言葉の音の響きは私も専門的なことは知らないが興味はあります。
娘が生まれて名前を考えるときなど、呼びやすく語呂の響きも良いことを何より大事にしました。名だけでなく姓名と合わせて呼びやすくするのに工夫しました。
 
 S音、T音、H音…などの響きの違いは確かに日頃感ずるところです。人の会話を聞いても歌を歌っていても分かりますね。
私はもう一つ大きな要素にその人の声質があって、高音、低音、だみ声、塩辛声等で随分違うなあと思ってます。ある野球解説者の塩辛声などS音濁音どころではなく、不快音の連続で耳を塞ぎたくなります。

 「音色」という言葉は良い言葉で好きです。音の感じを色感に合わせてずばり音と色をくっつけた言葉は私の調べた範囲では英語にもフランス語にもドイツ語にもありませんでした。
こんなところに日本語の素晴らしさを痛感してます。
15日 ことばの音の響きに興味がある   りりー
『子音語族 母音語族』

こばの音の響きには潜在的に人心を動かす意味がある。
サシスセソとかシャシュショのS音には爽やかさを感じT音に確かさを感じH音で解放され、N音で慰撫され
K音で鼓舞される。
ゴジラ、ガメラ、ガンダムの濁音は力強さ、膨張感飛び散る快感がある。男の子が好きな語若い女の子はシャネルとか資生堂とかS音のブランドものが好き 爽やかに感じるから

日本の中で母音の単語を左脳で聴くのは日本語を母体として育った日本語人だけだそうです。〔角田忠信著 日本人の脳)普通は母音は右脳〔感じ)で聴くのに日本人は左脳で聴いている。

欧米語中国語韓国語はシラブルという音声の認識単位が子音から子音への一セットなのです。子音語族
日本語の場合は、例ばサクラなら{サ ク ラ}と一拍ずつ三つで認識するけど、全部母音で切るのです。母音は子音よりずっと自然音に近い。
日本人は母音族で子音は母音を刻むための音にしかすぎない。

子音語族はヒグラシの鳴き声とか虫の音、枯葉のカサコソの音も機械の雑音ノイズのように聴くそうです。
日本語を喋るということはお互いにやさしく撫であっているようで自然に近くて人間にストレスを与えない。
英語などは喋れば喋るほど対立しものすごく脳にストレスを与えるそうだ。

日本語はなんてすばらしいんでしょう。五十音図作った人に脱帽です。

黒川伊保子さんと東海林さだおさんの対話より 興味があったので抜粋しました。

 黒川伊保子著 怪獣はなぜガギグゲゴなのか(新潮新書)
        恋するコンピュータ (筑摩書房)
14日 宇宙便り             宇宙

日本社会は科学が世界一発展した、おかげで世界一長寿国になりましたが、そこで沢山の問題がでてきています。そのなかでも深刻なのは、生きる喜びを無くし、気が落ち込んで引きこもり高齢者が多くなっていることです。これの治療は自分自身の心しか、無いのだとしりました。脳を活性化する方法を「学習療法研究会(東北大学教授川島隆太先生)のホームページを閲覧してしりました。そこには磁気共鳴診断装置で脳内の血流の動きを捉えた生々しい脳写真が載っていました。そして文芸作品を音読することが脳活性化の最大の薬であることを知ったのです。七十路を生きる我々には特に必要のことと感じました。詳しくは下記HPをご訪問下さい。

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http://mitio.cocolog-nifty.com/kokoro/2005/07/post_e127.html#comments
老化度チェック              弦気

老化度チェックは例えばYAHOOなどにもいろいろなチェック法が出てますが、回
りくどいのが多く、どうももう一つぴったり来ないので、ずばり私達に焦点を合わせ
たチェック表にして見ました。
イエス、ノーで答え、ノーの数の多少で見当つけてみませんか。

1、 早寝早起きである。      イエス?  ノー? 以下同じ
2、 夜中1〜2度眼を覚ます。
3、 1日の睡眠時間は6時間以内(昼寝も含む)である。
4、 入れ歯あり。
5、 老眼鏡を使用している。
6、 1時間以上の読書は疲れる。
7、 耳が遠くなった。
8、 頭髪は白いか非常に薄い。
9、 皮膚に皺やしみが増えた。
10、1度に3千歩以上歩くと疲れる。
11、肉類はあまり食べたくない。
12、酒量が前より大分減った。
13、何かしら薬を服用している。
14、人の名前をすぐ忘れる。
15、昨夜の食事の献立を覚えていない。
16、電話番号を覚えているのは2つ以内。(自宅の電話は除く)
17、最近感動することは殆ど無くなった。
18、最近人を叱ることは殆ど無い。
19、最近夫婦喧嘩はしたことない。
20、セックスは久しくしていない。

因みに私はノーが零、全部イエスです。老化度満点です。
あなたはノーが幾つありますか。8つあればご立派、若い!
                                 温泉CM         弦気

7月2日の話飲会記録の第2項温泉マナーについて私が喋ったこと及び感じていることを特に付け加えたいと思います。
TVには頻繁に温泉のコマーシャルが出てモデルの女性が入浴するシーンやゆかたを着てご馳走を食べるシーンがまるで判で押したようにどれも同じく出ます。
私が気になるのはモデルの女性は必ずバスタオルを体に巻きつけてまるで皇女様みたいにしずしずと湯ぶねに足を沈めて行きます。私はあの姿はどう見たってお尻をきれいに洗ったとは思えないのです。
そんなのは写せないじゃないか、と云われそうですが、そういうことではなく、あのCMを見る限り、すぐタオル巻きの女性が現れるシーンを見たら既にお尻を洗った後だとはどうしても想像出来ないと思うんです。
何故か。考えてみました。若しシャワーか上がり湯で石鹸を使ってお尻をきれいに洗った後というのは既に体の下半身、人によっては全身に熱い湯を浴びているから湯ぶねに入るときはあんなしずしずというより恐る恐る入る格好はしないものです。第一タオルごと浴槽にはいるのは良くないのは常識です。
どっちみち不自然なんですね。
最近の温泉ではバスタオルを体に巻きつけて温泉に入る若い女性がいるそうだがこうなるともうなにおかいわんやです。
10日 梅雨の花    一丁

毎年のこととはいいながら、太陽の見えない日が続いています。
外出も億劫なので、庭の花を写してみました。ご覧下さい。(クリックして拡大します)
8月
親父の死         大丈夫
 
昨日帰仙いたしました。
2週間以上たまった新聞の切り抜き、パソコン受信トレイの膨大なメールをチェックをおえてホッとしています。
仙台は勿論世界中のニュースはテレビでリアルタイムで見ておりましたが、牡鹿半島沖震源地震による、地元紙に出たオープンしたばかりの「スポパ−ク松森」プールの天井が全面的に落下している写真には驚きました。
明らかに、設計監理のミスによるものと判ります。
以前から予想されている「宮城県沖地震は準備の最終段階に入り、本当にいつ大地震が起きてもおかしくない現在だ」(大竹政和・地震予知連絡会会長)といいます。ホームセンターでは地震対応商品(水、保存食品、燃料、ラジオ、電池、テントなど)が飛ぶように売れているそうです。早速そろえなければと思います。
 
ここ2ヶ月ぐらい、水戸、在宅で親父を看病、そして最後を看取ることが出来ました。
98歳、文字どうり天寿だったでしょう。最後までボケることなく、亡くなる2時間前に鉛筆で「長いことお世話になりました・・・・・」書いてくれました。
在宅ホスピスケアはこうしたいという親父の希望によりましたが、安らかな満足する死を迎えることが出来たと思います。
種々の法要が続きます、9月の和飲会は出席出来かねますのでよろしくお願いいたします。
25日 たかが6センチ されど・・・・   一丁

定期検査で病院にいって検査の結果の話になって、中性脂肪とか、内臓の脂肪のことで女医さんと話しました。
「あなたのお腹の周りは何センチありますか」
「そんなもん知りまへん」
「ズボン買うとき覚えているでしょ?」
「担当が違うので、聞いてみます」
「しょうがないなー。測ってあげます。」
で、測ってもらったら、91センチあった。
85CM以上は、内蔵型肥満とか言って、循環器の病気の危険因子だという説明。

「食事には気をつけていますか?」
「私は、気は付けていませんが、配合飼料に近いもの食べさされています。血のしたたるようなレアのステーキ食いたいなー。」
「運動は?」
「ワン公の散歩ぐらいはしていますが、これがまた横着なやつで、暑いと歩きたがりません。何しろ暑いのは人も犬もいけませんなー」
「冷房の利いた部屋でも運動はできるでしょ」
「運動もいいけど、ビールも好いですなあ。」
さじを投げて
「とにかく、同じお薬出しておきます。ニトロはありますか。」

たかが6CM されどこれではなかなか・・・・
22日 八月に      くらしっく

今年は戦後60年 
私の8月は何も持たず多くの市民と共に避難した事から初まり、8月15日無蓋車で命カラガラ京城のプラットホームに辿りついた時、終戦になりました。皆、呆然自失の状態でした。
唯一 救いは家族が一緒とゆうこと!生きていること!
38度線が引かれ、もう家には戻れません、京城の親戚のところに1ヶ月滞在し昭和20年10月,引揚船で山口県の先崎港に帰りつきました。着のみ着こまま・・・  母は毎日、泣いてばかりいました。

そして 私は大阪に向かう汽車の窓から今でも決して忘れ得ぬ光景を目にしたのです、 一面の赤茶けた地面と黒焦げの樹木 生あるものの存在のナニ一つない死の空間でした。
私の8月には このヒロシマが心の中に焼き付いて今でも決して離れません

めぐり来てまためぐり来て八月は
  生あるものの愛しく尊し
19日 私の夏休み   りりー

八月は毎年慌しく過ぎていきます。
今年は昨年行きそびれた米沢の花火大会を見物してきました。
団地の目の前の河原であげるのでベランダーからの見物です。
こんな間近で見る花火は迫力があり、空から降ってくる
いろとりどりの花火におもわず歓声があがりました。
大満足の花火大会でした。

過日毎年行く奥松島の月浜の民宿に泊まる。
あまり知られていないのか静かな浜で小さな魚がいっぱい泳いでいて
一緒に泳ぎました。浮きにつかまってですが。
民宿では新鮮なうにや魚がたくさんでてきます。
16日 物忘れ  一丁

相変わらず物忘れで失敗ばかりしています。
何時か川柳が話題になっていましたが、これって川柳になっていますか。

なぜ買うの 同じ文庫本 3冊目
うろうろと  眼鏡探して 昼になり
物忘れ 防ぐ講座の 日を忘れ
携帯を 今日も忘れて 公衆電話

どなたか添削を。
16日   野次馬の独り言    弦気
 
郵政民営化のドタバタ劇は純粋に民営化の是非を議論するのではなく、これを手段として小泉反対派が小泉を引き摺り下ろすのが目的であり、小泉は反対派を潰すのが目的であるから、醜い選挙という感じは否めません。
本来なら民営化是か非かを国民に問うだけだったら世論調査か国民投票だけで済むことである。何もこの問題山積の時期に多額の金と時間を費やして選挙などやる必要はないのだ。
政治家の云うことには必ず裏があるから信用出来ない。こんな選挙だから投票したく
なるのだ。
15日 野次馬の独り言       きくさん

野次馬が目を覚ました。「ご主人様(私の事)、言いたい事があるのですが」何だ。今回の「民営化解散」ですが政治と宗教は本来タブーだ、だが特別に許す、簡単に言えよ。
彼の言を要約すると。

※、郵政民営化のドタバタ劇は、首相が衆議院を解散した時点で勝負はついている。

その理由は
1,解散しなければ、内閣の求心力は失はれ、いずれ野垂れ死にする運命だったでしょう。
これは野党・反対派が解散回避に必死だった事からも察せられます。

2、大義名分
大義名分のない戦には庶民の賛同が得られなく、勝利はおぼつかない。
「郵政改革派、是か非か」これほど誰にも分りやす大義名分はない。
対案を出せなかった野党はマニフェストで発表するそうだが、後出しジャンケンの感はまぬがれない。

3、錦の御旗
「構造改革の推進」今では、誰も反対の出来ない錦の御旗です。郵政改革をそのシンボルに位置付けることで、「錦の御旗」を背にする事ができました。

4、戦に情けは無用
さらに、反対派に刺客を送り込んだ事を非難する人がいるが、戦に情けは「百害あって一利なし」。情けは勝った後でいくらでもかけられる。
ご主人様も、麻雀や囲碁でチョッと同情したばっかりに流れが変わり、大敗した経験がおありでしょう。

5、今後の見通しですが
反対派も野党も意外な展開にオロオロし、その内実は複雑です。純粋に民営化に反対の人は少数、民営化は口実で小泉内閣に反感を持っている人、特に出番がなく無視し続けられた派閥の領袖たち。同床異夢のこの人たちが結束して力が出せるとは思えない。
与党・公明党で過半数、いや三分の二も可能かも。

6、9月11日
毎日、バラエティ番組より面白い人生劇が演出されています。
野次馬が勝手な分析をしましたが、今回の選挙は、私たちの生活にどう響いてくるのか、私たちは大変動の真っ只中に居るようです。
10日 夏の味   一丁

山形のスイカ売りトラックの呼び声が聞えてきます。
今は、栽培技術が進んで、なんでも年中食べられる時代ですが、やはり季節の物を、季節に食べるのが一番だと思います。

スイカも、子供の頃遊びに行った本家の井戸で冷やしたものは、もっと皮が厚かったようですが、今スーパーに切り分けて並んでいるのは、皮は薄いですね。
これも品種改良の成果でしょう。

黄色い真桑瓜は、このごろ殆ど見かけなくなりました。メロンとの競争で負けたのでしょうか。

黄色といえばトオモロコシ、(田舎ではトーキビと言っていました)昔はもっと毛が多く生えていたように思いますが、思い違いでしょうか。焼く匂いは、やはり夏のものですよね。

青緑色のビンに入ったラムネもこのごろあまり見かけません。あのラムネ玉をどうしてビンに入れるのか、子供の頃、誰でも抱いた疑問ではないでしょうか。
1ランク下には、みかん水というのがありました。今から思うと、人口甘味料に、香料を加えただけの代物だったのでしょう。

ラジオのCMで「渡辺のジュースの素ですもう1ぱい」とやっていた粉末ジュースも見かけません。「あたりまえだ(前田)のクラッカー」等と言うのもありましたね。

山に行くと、岩清水で冷やした葛饅頭がありました。殆ど透明なくずを通して、漉し餡が見えるこの饅頭がよく冷えているのは文字通り、一服の清涼剤という趣がありました。
故郷の若狭には、老舗の本舗があって、今でも作っているようです。食べたいな。

小さなコーンに盛ってあったアイスクリンはあまり美味しくなかった。
四角いアイスキャンデーもありましたね。
掻き氷はグレードがあって、シロップだけ、シロップとミルク、之に金時小豆を加えたのが最上級でした。

今食べたいのは、関西の夏の定番料理、ハモを念入りに骨切して湯通しして氷水で締めた「ハモの落とし」。真っ白く花のようにはじけた身に、赤い梅肉をちょっとつけて、きりりと冷えた日本酒(ビールは合いません)を飲む、これって最高ですよ。
まして舞台が、涼風吹き抜ける日本風の部屋で、風鈴の音を聞きながら、佳人のお酌で飲むということになれば、我が人生、これ以上また何を望みましょうやという心境になるのではないでしょうか。

涎が出てきました。この辺で。
8日 私の今日・8月8日      猛暑恙無きや          弦気

 弦気です。恙無くお過ごしのことと思います。今日も30℃以上らしいですね。
暑ければクーラーつければ良い筈だが、どうもクーラーの涼しさというのは快いとは云い難いですね。扇風機の方が気持ち良いです。クーラーの冷風は体の表面を冷やすだけでなく体の芯を冷やすような気がします。とは言ってもビルの冷房なんかは結構快適なのもあるから何か冷房方式によって違うのでしょうか。
 
 毎日外に出るのは嫌だから1日中家に閉じ籠もってます。昨日は高校野球TV観戦。東北高校はダルビッシが居なくとも素晴らしい勝ちっぷり。福島の聖光学院は相手が弱かったとは云え出来過ぎですね。私は福島県人だけど聖光学院なんて今まで知りませんでした。

 さて今日は郵政法案否決か可決か。今更考えてみたところでどうしようもない。
北朝鮮も、ディスカバリーも心配したところでどうしようもない。何だかどれもこれも考えたところで馬鹿馬鹿しいことのような気がしないでもありません。

 今月、来月と続けて絵の会の作品展があるので目下製作中、暑さのせいにするわけではないがどうもうまくいきません。年をとってくると根気体力が衰えて油絵なんかより水彩の方が良いのかなあなんて思ってます。
 暑い日は何といっても寝転んで音楽を聞くのが一番楽で良いなあ。暑い時は低温ならぬ低音楽器のチェロが快く「バッハの無伴奏チェロ組曲」などが最高!さあて横になってCDを聞くとしようか。
9月
こけしの唄試聴   一丁

今日カメイ記念館で、こけしの特別展示見てきました。
風景画展もやっていました。
絵や音楽の才能のない私は、向井潤吉画伯の、「淡い春の丹後路」みたいな平凡なわかりやすい絵がいいと思うのでした。

「こけしの唄」は、http://www.listen.co.jp/store/xtpdal4988006097346.jsp に
デューク・エイセスのダウンロード版があって、試聴できます。
こけしの唄           弦気
 
 こけしの愛好家は「こけしの唄」というのをご存じでしょうか。
私の持ってるうたごえ歌集に載ってますので歌詞だけ書いてみます。
  
   「こけしの唄」 作詞・永六輔 作曲・いずみたく

   1、みちのくの名もない村に
     生まれたこけし かなしいこけし 
     こけしお前は無理に笑ってる
   2、北国のひなびた村に 
     うまれたこけし さびしいこけし 
     こけしお前は友達がない
     ただポツンと ただ黙って 立っているこけし
     ひそやかな 幸せを 夢見るこけし
   3、みちのくのわびしい村に 
     生まれたこけし小さなこけし
     こけしお前は俺に似てる
     こけしお前は俺に似てる

残念ながら音符がないのでメロディが分かりません。どなたか音符をお持ちだったら良いけど。永六輔、いずみたくのコンビだから案外良い曲かも…。
シルバーウィーク     あかとんぼ

 春の大型連休をゴーデンウィーク(黄金週間)と申します。
9月は三連休が2回もあり、観光関係業者は喜んでいました。
葛飾の寅さんの表現をすれば「労働者諸君」も喜んだでしょう。
月30日の内10日も休み、2日働いて1日休みです。

 小春日和を背に2014年迄の10年カレンダーを広げたら07年、11年、12年の9月に三連休が今年と同様に2回もあります。09年には、なんと 5連休があります。
 この秋の連休をなんと呼ぶのでしょうか。
金に対する銀 敬老の日があるから シルバーウィークと呼ぶのでしょうか。

「毎日が日曜日の高齢者が10年先迄の連休を心配してどうなるの」の天の声が聞こえて来ました。
 入札談合でなくとも天の声は偉大です。おしまい。
芸術の秋        大丈夫

「食欲の秋」という言葉があります。人恋しく、熱燗でやりたい季節ですね。
一方、「芸術の秋」(こんな言葉あったかしら)でもあります。
仙台では充実した展覧会が目白押しです。帰仙後、ここ一週間で一巡してきました。
   1、杉村惇作品展(仙台市役所 9/15〜10/20)
       杉村惇の絵は「My favourite thing」の一つ。開催中にあと2〜3回は行くつもり。
   2、第42回宮城県芸術祭(せんだいメデアテーク 9/15〜10/20)
     いつも思うのですが、書道というのは何が書いてあるのかわからない。

         お目当ての絵画展は9/30〜10/12、渡辺隆彦先生も出品予定、
              楽しみです。
   3、大原美術館展(宮城県美術館 9/17〜11/6)
       大原美術館の代表的絵画作品にお目にかかれる。
       明治末期、大原孫三郎の依頼により収集を担当した渡欧中の画家
              児島虎次郎自身の絵が素晴らしい。
   4、絵画の窓からの眺望(カメイ記念展示館 9/15〜来年1/21)   
    日本人もいろんな風景画を描いてるなあと思います、亀井さんも
         がんばっています。
       ここは、65歳以上は入館料は無料。

最後にPR、「チャーチル会・絵画小品展」、東2番町東北電力グリーンプラザギャラリーにて、10/2〜10/10開催予定。
出品しています。バス停の近くです、気軽に覗いてみてください。。
51年前仕事をした会津若松周辺を訪問  宇宙

宇宙です
七十路の道程を半分まで到達する歳月になりました。元気な,うちにと思い、51年前に社会に出た赴任地「会津若松周辺」を老妻と訪問してきました。
尾瀬ヶ原を源流とする只見川は緑の森の色を映し、たっぷり水をたたえて流れていました。そして金山町にある沼沢湖の水・森の緑と青のやわらかな色に取り囲まれた初秋の素晴しい光景を見て私の心は最高潮に昂りました。仕事をやめ歳を重ねるごとに森や草や自然との生き方と共感を覚えるようになってきました。
井上 靖先生の言葉「光陰は矢のようだ。しかし、人生の山河 はいかに荒寥たるものであろうと、充分走りきるに価値がある」を良く読み取れる感動の情景でした。
写真は夕日に映える沼沢湖です。
                
25日 鳩ノ巣      弦気

もう1ヶ月以上になるが、庭木に鳩が巣を作りました。しかしおかしいのは雄雌交代で巣に蹲るだけで産卵の形跡が無いのです。ただじっとしているだけです。
死んでるのではないかと思うほどじっと静止してるんです。たまーにググーと鳴きます。
巣の位置は窓からわずか110cm、地上220cmで手の届きそうなところですが、枝葉の陰になって見えにくく、巣の中は覗いたことは無いのですが、卵がいるとは思えません。
2羽のうち1羽はどこでどうしているのか、どちらかが餌を運んで来るには違いないが、運んで来た現場はまだ見たことがありません。
今日で確か1ヶ月半になる筈。今朝など一時強く雨が降ったが、それでもじっとして身動きすらしません。
一体この鳩どうなってるんでしょう。
どなたか鳥の生態詳しい方、おわかりでしたら教えて下さい。
24日 定期健診  一丁

年1回の、市民検診に病院に行ってきました。
もうこの年になれば、細かいデータよりも、次の検診まで生きていそうか、旅立ちの準備したほうがいいかだけ判断してもらえばいいと思うけど、そうもいかないみたいです。
生命通帳の残高を年1回記入してもらえれば何かと便利だと思うのですが・・・・

心電図を取るのに待っている間、生まれてからこれまでの経過分数に、1分当たり65回の脈拍数をかけてみたら、26億回と出ました。
休みなしに打ち続けるわけですから、大変なもんですね。
22日 相撲        弦気

 昨日(21日)の相撲は波乱があって面白かったです。また琴欧州は大したもんですね。
 私は外人力士の方が力強く、見てて楽しいです。
 外人力士は各部屋1人以上持てないなんてほんとですか?そんな阿呆な!
 外人力士が半分以上になったって国際色豊かでどんなに良いか。
 まだ黒人力士が出ないのは何故だろう。
 北朝鮮、韓国、中国にも本当は日本で相撲取りになりたいのが居るに違いない。
17日
9月もろもろ      クラシック

残暑がひとしお身に沁みたこの夏でした。その精か、わずか半月のこの数日の長かったこと・・・
今朝のやや、冷やかな空気は私をやっと甦らせてくれました。

9月3日 亡夫の33回忌で3人の息子達と家族と親戚との交流(嬉しかったけ
             れど疲れたー)
9月9日 パソコンのヒヨコパーラー開設(私にとっては大変有りがたい勉強の
             場です)
9月11日 選挙、予想外の自民党の伸び率に、なにか漠然とした不安を(まさ
             か独裁化ー)なによりも楽しみにしていたストリートジャズ、フェステバ
             ルに行きそびれた。(大丈夫さんとご同様に私もジャズ、フェスに、は
             まってます)
9月13日 朗読教室(また一人増えました)
9月15日 横浜の三男の宅で初児誕生
               (この児は日本と カナダの合作)

     やれやれ何だか盛り沢山な数日でした。
15日

残暑お見舞い申し上げます    大丈夫

ホトボリ(余熱)冷めないのが9月10・11日(土・日)に行はれた定禅寺ストリートジャズフェスティヴァルin仙台。

仙台商工会議所によると、仙台「三大祭り」とは、仙台七夕まつり(8月)、仙台青葉まつり(5月)、Sendai・光のページェント(12月)。「五大祭り」はというと、これに、定禅寺ストリートジャズフェスティヴァルin仙台(9月)、みちのくYOSAKOIまつり(10月)を追加だそうです。 

若かりし頃、演歌・ポピュラー・クラッシック、音楽ならなんでも良しでしたが、昭和36年元旦東京大手町のサンケイホールにアートブレーキーとジャズメッセンジャーズを聴きに行ってからモダンジャズ一筋。オーディオにも一時凝りました。

禅寺ストリートジャズフェスティバルin仙台は世界中のあらゆるジャンル(ポップス、フォーク、ア・カペラ、ソウル・R&B、ビッグバンド、ブルース、タンゴ、シャンソン、フュージョン、ゴスペル、ジャズコンボ、ロック、和太鼓、津軽三味線、クラッシック、民族音楽)の音楽の演奏バンド640、8月10(土)・11(日)の2日間で80ステージ、15年目にして世界有数の規模になりました。

仙台市民手作りボランティア中心のお祭りはここまで発展しました。

19世紀末、先日、ハリケーンによる大きな被害を受けたアメリカ南部ニューオルリンズのストリートジャズ・デキシーランドジャズを発祥とした現在のジャズ音楽はこれからも新しい文化を創っていくことでしょう。

今年は衆議院選挙と重なり、会場周辺での大音量の演説を配慮するように申し入れた結果、各陣営は自粛。天候にも恵まれました。

殆ど毎年暑さの中2日間、聞き歩いて終わると、疲れがどっときます。

10月9(日)13・00〜14・30、NHKBS・Uで2日間のダイジェストを放映予定です。

14日 初物   一丁

もう栗が売っているようで、今日茹でて食べました。茨城県産ということですが、そういえば、この辺でも、ワン公との散歩道に、青いイガが落ちていたりします。

ススキの穂も出揃って風になびいていますし、萩の花も咲き出しています。
わが農園も、トマトとキュウリは収穫が終わって、秋野菜に転換せねばなりません。

さわやかな秋とはいえない毎日ですが、でも秋はそこまで来ています。
夏バテ解消、食欲旺盛、酒は静かに飲んで、積んである本も読んで、秋を楽しみましょうか。
12日 世界一の長寿国日本  宇宙

人口の年齢構成は次第に高齢化し、65歳以上人口の総人口に占める割合は2000年では17.4%,2020年には27.8%を占めることが予測されている。
このことは日本にとって大問題を抱えている。生活習慣病である。旨い食料はふんだんにあり安価で手に入れられるので、高齢者は運動をしないで飲み・かつ食べる、のである。疾病になる高齢者が殆どではないか、私は心配する・・豊満が限度に達すると日本は崩壊する。
総選挙も終わったが選挙公約・・どの方もこの問題に触れたがらず 郵政・改革ばかり目立つった。老い先短くなった私には来世から悲惨な日本を見るのがたまらない。今日も終日ソフト・テニスだ70代の仲間と呵呵大笑し・お水をいただき、多いなる汗をかく。幸せに感じる。
生活の質を高めよう、そしてわが体内の60兆個の細胞を振動させるために。
11日 エンディングノート    弦気

大丈夫さんは誕生日にきちんと整理すべきことをやってて感心させられます。ついでに緊急時持出し品は何々用意してるか教えて欲しいところです。
大丈夫さんが実施していることは要するに「エンディングノート」を書き残すことと一致するんだけど、私は何年も空白のままです。
一丁さんがPCサロンの皆さんにナルクのエンディングノートを紹介してから何年経つでしょう。

このノートの中で介護看病についての希望とか、自分の葬儀についての希望あたりでつい引っかかってしまいます。葬儀の方法が想定出来ないと自分の死亡時に報せる連絡先も決らないとか、考え出すと案外難しいモンです。いや難しいよりもあれこれ面白がってる面もあるのかも知れない。
葬儀屋と事前にはっきり決めておきたいんだけどつい腹が決らないんです。
簡単な遺言書は作って金庫に入れてありますが、毎年メンテナンスやるべきなんでしょうね。

99パーセント地震が来ると騒がれながら救急袋さえ何も容易しようとしていない人間が自分の死亡に備えて準備するなどあり得ないか知れないなあ。
10日
誕生日      大丈夫
 
昭和12年9月9日生まれ。
平成17年9月9日、誕生日を迎えました。
人生の節目・誕生日にやるべきこととして、毎年実行しています。
   1、リヴィングウイルの確認、遺言を書く。
   2、簡単な自分史、履歴書を書く。
   3、年賀状及び死亡通知宛先、人脈整理。
   4、財産整理・確認。
   5、健康診断、以前は人間ドックでしたが、今では仙台市基本健康診査。
   6、献血、69才の年齢制限があるので、来年までか。
   7、お祝いをする。
2日 9月2日       狂句狂歌          弦気

とんぼの目 わが目と合って逃げ去りぬ

秋待てど 日一日と 夏になる
 
若い振り すれども席をゆずられる
 
マニフェスト 地震が抜けてる 間抜けども

泥仕合 どっちも泥で顔見えぬ
 
同じこと また云ってると 妻笑う

認知症 予防サロン作りたい

抽象画 「世相」と題し 魑魅魍魎

世は変る地球も変る変らぬはケセラ・ケセラの年金者われ

地震台風詐欺ウィルス
1日
トンボ     一丁

昨日八乙女駅で帰りのバスを待ってベンチに腰掛けていたら、小さなトンボが飛んできて、腕に止まりました。
動かずいいたら、一旦飛び立って、今度は腕時計の近くに止まり、向きを変えてこちら向きになりました。
大きな目玉をこちらに向けて、何かしきりに話しかけているような気がしました。
暫く向き合っていましたが、やがてバスが来て、立ち上がったら、トンボもどこかへ飛んでいってしまいました。

今日またバスを待って、同じベンチに腰掛けていましたが、あのトンボは、飛んではきませんでした。
でも、あのトンボは、きっと何かを話して行ったに違いないと思うと、心が和みます。
大丈夫さん、ご尊父様の 来世のしあわせを、お祈りもうしあげます。
                                     宇宙
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宇宙の思うこと
この地球に生を受けてから人は「生・病・老・死」の四苦に遭遇して天からさずけられた寿命を全うするのですが、四苦があればこそ天は人に五感と言う楽しみを与えてくれたと思うのです。
目・耳・鼻・口・手です。人と人生について語り合いご神酒を飲みそして眼と眼を合わし心を通じ合う そして歳を重ね「天から召される」のであると思うとき宇宙を感じます。しかし「天寿を全う」したとしても、その近親者の悲しみは大きいのです。100歳までも生きて「天寿を全うしましたね」と言われても悲しみは大きい。だからお盆になれば人は先祖を心から迎えるのだろうと思います。
この地球に生きている中は五感と言う楽しみをしっかり味わっておきたいと思うこのごろです。
10月
健忘症も良いものだ           弦気

 まだ一度も読んでない本を本棚から取り出し、読んでいるうちに途中折り跡がついていたり、傍線がついていたりして明らかに以前読んだことがあることがわかり、己のひどい健忘症振りにショックをうけました。
本棚には古本屋から買った本は無いから、自分が以前に読んでいることは明らかです。でも気味悪いほど何一つ覚えてないのです。
ですから買ってきたばかりの本を読んでいるのと全く同じです。
 最初のうちこそこの記憶力喪失にショックを覚えましたが今は諦めがついてむしろ新しく本を買うより前読んだであろう本を読んだほうがよっぽど良いやという気持ちになりました。
大体近頃の新刊本は題名だけはいかにも面白そうだが、中はつまらないものが多く、失望させられてます。
今読んでいるのは夏目漱石の息子夏目伸六が書いた「父・夏目漱石」。
これなども10年以上前買って一度読んだ形跡がありますが全く始めて読む感じ、大変面白く、漱石の知られない面が如実に書かれていて、漱石の人間味に益々惹かれるものがあります。
健忘症もまんざら悪くはない、メリットと考えたい。
もう新しい本を買うのはやめて本棚の古い本を読むことにしたい。
26日 紅葉狩り         クラシック

今朝の冷え込みは清冽な空気と共に本格的な秋を運んできました。やっと野山は美しい紅葉に包まれ日本らしい秋の彩りを見せてくれることでしょう。
その昔、平維盛が山中で鹿狩りをしていると美しい上臈が侍女をつれて紅葉狩りにやって来ました、上臈は維盛を呼び止め酒を勧めます、維盛は酔い臥してしまいました実は上臈は鬼女でした、鬼女は維盛を殺そうとしますが神の助けで夢から覚めた維盛は立ち向かい、討ち平らげます。
これは観世小次郎信光作による能です、明治になって歌舞伎にもなりました。日本人は四季を愛し昔から折々の伝説を能や歌舞伎で楽しんだのでしょうね。
七十路会でもこの紅葉狩りを東北らしい芋煮で楽しもうと泉ガ岳で実行しました、少し気温が低く屋内での宴会でしたが皆さんの盛りあがりが最高でした・・・・
そう・・アクシデントを持ち込んだのは私でした。急に意識が無くなり回復しても声と身体は動きません。結果大騒ぎを引き起こし他の団体の女性のお世話にまでなった由、そして救急車のお世話になってしまいました。
なんと言う事でしょう私としたことが・・・せっかくの会をメチャクチャにするなんて・・・・
せっかくの七十路会の紅葉狩りは私めによって、おジャンになってしまいました。
ごめんなさい皆様、みなさまの優しさは決して忘れません。

    俗世間遥かにのぞみ七十路会
      泉の山で芋煮する秋    

     鬼女ならぬ人の情けに包まれて
        泉ガ岳の紅葉狩りかな
TVを見ながら涙を流すなんて     大丈夫

何年ぶりでしょう、年でしょうかね。
殆どTVは見ないのですが、偶然スイッチを入れたTV、NHKBS‐U、「スポーツ大陸」ー三沢高校対松山商業、夏の甲子園決勝戦をやっていました。
大阪万博の仕事で勤務していたときの夏休み昭和44年8月18日、高校野球決勝戦を甲子園左翼外野席(今でもそうですが外野席は無料です)で「かち割り」(ポリエチレン袋に入ったストロー付き氷水)を吸いながら見ていました。
炎天下のもと、気力を振り絞る両投手、攻守の応酬、ベンチの情報戦。
延長戦15階裏、16回裏2度にわたる満塁の攻防、三沢高校がサヨナラで勝ったと思ったものでした。
一緒に行った3歳の娘は全く野球に興味は無く、閑散とした隣の動物園・阪神パークを一巡し、戻ってきても未だ試合が続いていました。
翌日の決勝戦・再試合にも行きました。
TVでは年を重ねおじさんの風貌となった三沢・太田幸司投手と松山・井上明投手の2人の思い出話を入れながら試合経過を映しており、4時間以上の激闘は延長18回0‐0引き分け、翌日の再試合は4‐2で松山商業の優勝。当時の選手達は皆この激闘に誇りを持っているという。
勝者には栄光、敗者には賞賛。戦後スポーツ史の奇跡といわれているそうです。
高校野球というのは、いじめ、嫉み、暴力、しごき、理不尽な世界です。
アメリカのMLBではこんな事はしないそうですが、日本のプロ野球では秋の猛練習が始まっています。猛練習・スパルタ教育、日本独特の「鬼の○○」なんていう指導者がもてはやされる傾向にもあります。私は生理的に嫌です。
でも、何故涙が出てくるのでしょうね。
25日 75歳旧制工業同級会   宇宙

宇宙です。
「すすきの穂」を背にした、わが故郷、新潟日本海の景色が素晴らしく心にうったえてくる季節に、同級会が開かれました。今年は七五歳なった同級の友と年一回の再会です。
高齢化時代の同級会は戦病者の集まりのようです。39名中13名死亡26名生きていますが同級会に出席できたのは10名 しかし、肺がん2名;喉頭がん1名;大腸がん1名;前立腺がん1名 ;膀胱がん;1名;聴覚障害1名;C型肝炎1名;心臓病(ペースメーカ埋め込み)1名年々増加しております。
今や日本開闢以来、経験のしなかった高齢化現象がドンドン現れてきておると感じました。病気になった友は異口同音に”がん”発症を防ぐには 体温を上げることだ!汗を流すことだ。そうすれば「がん細胞」は発生しないと言ってることでした。
また両肺を侵された友はこれで最後がちかい みんな抗がん剤は飲むものではない苦しい!俺はもう飲まないよ。75年も生きて幸せだったとしんみり言う。
 年一回行ってきた同級会開催を2年に一回の提案がなされました。芸者さんの応援を貰ってドンちゃん騒ぎの同級会は夢のようです。
今はしんみり過ぎ去った過去を語る会になったのです。残す人生を語ることがまた違った意味で友の言葉が心に染み入る同級会になったのでした。こうして同級会は消滅して行くのでしょう。
人生は四苦が続くのを感じました。一同温泉に入って見て驚いた全員が手術痕が歴然と見えるのです。私は2回連続切腹ですからその痕跡は目立ちます。「大平」お前は男性バレリナーのようだな w)汢コ半身の筋肉いいなー それを持続しろよな!私は、おどけて 浴場で全裸で踊って見せました みな爆笑やら 涙やら・・・・
私はソフト・テニスを順調にこなしております。六十路の人とぺアを組むこともでき12月には青森のシニアとの対抗試合の日程も組まれました。主婦(私の娘よりも若い主婦が多いクラブ)ソフトテニスクラブにも入会を認められ女性軍からもパワーを貰っております。
これから、どうなるか解りませんが部屋に閉じこもりの昼間教室はやめて、スポーツで汗を流し、天からお呼びのかかるまで、身体細胞を活性化させ体力の向上に挑戦して行く覚悟です。
スポーツは人間関係の葛藤がないので精神をすっきりさせてくれます。古代の先祖は食べ物を調達するために死ぬまで狩猟していたのですから。
1日遅れの文化       弦気
 
あかとんぼさん、の論は面白いですね。でも私は1日遅れの情報で困るのはたとえば何だろうと考えてみると、災害情報(例えば津波、大水害、土石流)空襲、生死に関すること、株価、配給物資(物資不足時代)とか直接生活や命に関わることなどでしょう。これらは東京も地方も情報に格差は無いのではないでしょうか。
あかとんぼさんの仰る文化情報とは具体的には何であるか聞かなければ良く分からないが、一般に上記以外の情報は1日遅れたからといってそんなに影響あるでしょうか。
その辺具体的な例で示して頂かないとどうも私にはぴんと来ないのです。
情報手段の違いで1日の差が出るといえば私は新聞は朝日と河北を取ってますが、河北は夕刊があるが朝日は東北には夕刊がないため、その日のビッグニュースは河北夕刊に載り、朝日は翌日になります。勿論TVがあるから何の不都合は感じませんが、中央紙と地方紙にも逆なハンディキャップがあって面白いと思います。
 
とにかく情報の種類分析と情報手段の分析をして果たして情報遅れのためどういうハンデキャップがつくかピックアップする必要があるのではないでしょうか。
24日 1日遅れの文化      あかとんぼ

今年の選挙は終わりました。候補者の誰も語らなかった事。
それは、1日遅れの文化格差の是正解消です。

週刊誌の発売が、首都圏から何故 1日も遅れなければならないのかです。
東京都と仙台は300キロ 新幹線で2時間たらず、自動車でも4時間で結ばれています。
週刊誌は発売前日の夕刻にはメルマガで目次・概要が配信されます。
発売当日には、仙台で配達される中央紙には広告も出ます。
でも、地元紙は翌日の広告となり、店頭販売となります。

新聞 中央紙は仙台等の拠点で印刷・配達しているとも聞いています。
週刊誌は全て、東京圏での印刷の様です。それで、印刷・製本の能力から首都圏と同時販売が苦しくとも、半日遅れの販売は可能と思います。

週刊誌にかぎらず、1日遅れの文化格差が、そのほか存在しているのでは思います。
でも、何故 格差是正が唱えられなかったのか。

週刊誌発売は子細な事かもしれない。でも仙台の都市としての位置を象徴している様に感じられます。
23日 再現芸術        弦気

2001年第1回仙台国際コンクールがあったとき、今は亡き友人画家Nとの会話。

N「今やってる国際コンクールね、あれは演奏部門だけのコンクールだが、僕は芸術は創作なりという観点から云うと演奏は果たして芸術なんだろうか、強いて云えば再現芸術といった方が良いんじゃないか、と思うんだがどうだろう。」

私「ははあ、なるほど、作曲は創作だから芸術だが、演奏は作曲家の作った曲を再現するだけだから芸術とは云えないというわけだな、演奏の世界を知らない人から見ればそう思うのも無理ないかなあ。
分かりやすい例で云うとね、建築設計者は作曲家、施工者は演奏家だとした場合、施工者には施工のための創作技術が大いに必要なんだ。
そして設計者の設計意図を解しない施工者は良い施工が出来ない。
いくら良い設計をしたって施工者が下手だったら良い建物は出来ない。
まさに一心同体といっても良い。
昔は作曲家も演奏家も同じ人だったし、設計は大工がやったものだ。」

N「なるほどなあ、すると絵描きは作曲家と施工者と両方の役を兼ねてるわけか。」

私「必ずしもそうは云えないな、だって自然が造った景色を画家はキャンバスに再現してるんだから、絵だって再現芸術だろう。」
…これでお終い!
輪島の朝市     一丁

能登を旅して、有名な輪島の朝市を見物しました。
私たちが輪島に着いたのは、朝9時過ぎで、朝市としては遅い時間ですが、観光客や、地元の人で大層賑わっていました。
仙台はじめ、全国に朝市はありますが、ここは物々交換の市が始まりで、1000年以上の歴史があるそうです。
売っているものは、カニやエビやタイなど鮮魚やキノコ、野菜に名産の輪島漆器などですが、昔風のイワシの小糠づけや魚醤、海藻類といった乾物も多くありました。
紹介文に、「売る者も女、買う者も女の朝市。町の一日は、朝市の「買うてくだぁー」の呼び声から始まります。」とありますが、売り手は皆女性で(おばあちゃんも多い)、路上に敷き物を敷いて、おばあちゃんが少しの野菜などを並べって売っていたりして、働き者の能登の女たちで支えられている市という感じでした。
値段は交渉次第のようですが、いずれにしても、それほど高価なものが売られているわけではないので、違いは知れたものですが、交渉の会話を楽しむのが面白いのでしょう。

カニ味噌の瓶づめを買ってきました。これで一杯やるとしましょう。
14日 地鎮祭      大丈夫

リリーさんの「変った地鎮祭」を読んでいろいろ調べてみました。
仕事で何10回地鎮祭を経験したことか。仏式は一度だけ、殆どが神式でした。

地鎮祭は何のためにするのか。
これから建物を立てようとする「土地」及びその地域を守ってくれる「神様」に感
謝し、その建物を使用する人々の繁栄、そして工事の安全と無事竣工を祈願
するものです。
祭壇にあげる神饌(供物)にはいろいろありますが基本的には、
    御神酒
    米
    餅
    塩
    水
    魚(タイなどの尾頭付き一尾、小魚なら5〜6尾)
    するめ
    海の幸(昆布・わかめ等の乾物)
    山の幸(季節・土地の野菜3〜4種類)
    果物(2〜3種類)
仙台市内の神社に問い合わせしたり、最後は「宮城県神社庁」に聞いたりしましたが、するめを焼いてはいけない理由を想像すると、昔は木造建築が大半で、火を出す事・火事を嫌いましたから。
最近は余りこだわらないようですが。地鎮祭及び直会(なおらい、地鎮祭の後、神様が召し上がった御神酒を下げて関係者一同でひらく祝賀会)には魚肉等の焼き物は出さないという決まりがありました。

神饌(供物)は神様が食し、それらを我々がいただく。
神饌(供物)の内容は、神社の伝統、その土地の習俗により相当に違いがあることも判りました。
8日 水族館   一丁

「宅老ひだまり」のお抱えビデオ撮影屋をしていますので、松島瑞巖時・水族館を巡る秋の遠足に同行しました。
サポーターはみんなボランテアですが、車椅子を押したり、転ばないように気をつけたり、なかなか大変です。

水族館ではあすかのショウて楽しみました。
あまり年寄りは見かけませんでしたが、たまには、水族館、動物園などに行って見るのも、童心に帰れて悪くないなというのが感想でした。
PC二号機   きくさん

一丁さんに見習って昨日二号機を購入しました。このメールも二号さんから発信しています。これで音と映像ののお付き合いができるかと期待しています。
宇宙さん、一丁さんご指導お願いしまーす。

東芝dynabookAx650。  (春夏モデルのお買い得品です。)
1、CPU セレン1.4G
2、メモリー 256
3、HDD 80GB
4、デスプレー 15型
5,バッテリー 1,5H

バッテリーとメモリーが一ランク下で不満が残りますが、これから3年間位の使用を考えるとこれで十分でしょう。
2号さんより旦那がさきにダウンするかも。

追加。 昨日の国会討論は今までと様変わり、面白かった。
「小泉チルドレン」は才色兼備、対する民主党は戸惑が見られても新鮮だ。
NHKの視聴率が上昇まちがいになし。
7日 同窓会        クラシック

紅葉にはまだ間があるけど つるべ落としの秋 を感じる10月に入り、去る4日小学校の同窓会が仙台で開催されました。全国から約130名ほど集まりメトロポリタンホテルで賑やかに楽しい一時がアッと云う間に過ぎて行きました。

この小学校は旧満州の新京(現長春)八島尋常小学校で勿論、今は中国人の学校になっています、はっきりした事は解りませんが当時は20万人以上の日本人が住んでいたのではないでしょうか、小学校は10校以上はあったと思います。
今はもう後輩のない母校です。

集まったのは一期から16期まで年齢は85歳から69歳の男女達、それぞれの人生をその姿や顔に滲ませながら、でもこの一刻をかつての少年少女に立ち返り、昔ばなしに笑ったり、涙したり・・・
最後に校歌を合唱しました。すっかり忘れていましたが当時海外に進出していた日本らしい元気盛んな歌に苦笑してしまいました。

私は7期生で男4、女4の8名、なんだか七十路会の延長みたいなテーブルでした。
男性は夫々一仕事を成しを得て安堵したものを、女性も子供や孫に囲まれての安らかさを、身一杯に膨らませて、いい顔をしていました。

それぞれに別れて行った仲間たち、結構人生をエンジョイして楽しんでいる皆さん達にカンパーイ!

3日
変わった地鎮祭に参列して
するめのなやみ    
           リリー

先日地鎮祭に参列しました。祭壇には五穀(米大豆小豆麦ごま)スルメ3枚 大根 葱 酒 塩などを供え日蓮宗の和尚さんがやって来ました。えっ 神主さんではないの。
鉦やら火打石やらを交互にもち賑やかな感じ。でも言っていることは全然分らなかった。何語でしょう。
五穀や塩 お酒を盛り土の上に全員で少々かけて終了。
この地方では一般にこの方法だとか。珍しい体験でした。

お供えしたするめは絶対焼いてはいけないそうで、煮るかそのままで食べること厳重に言われました。これには困ります。三枚の大きなするめ 一枚は私が持ち帰りましたが、ひとにうっかりあげて焼かれても困るし、今度の紅葉狩りに割いて持って行こうかしら。
するめは疲労回復に役立つ成分のアミノ酸の一種のタウリンが豊富で噛んで出るだ液には有害微生物を殺す酵素とさまざまなホルモンが含まれているそうです。登山家の田部井淳子さんは必ず持参するそうです。
みなさんかじってみませんか?
11月
ルール違反       大丈夫

「立小便、誰も見ていない所だ、やっちゃえ」「厳密には駐車違反か、1時間ぐらいなら警官もこないだろう、直ぐ戻るよと駐車していく人」
「駐車禁止区域でもこれだけたくさん皆が放置している、俺一人ぐらいいいだろうと自転車を置いていく」
「バス・電車に乗って今日は空いているし座席に鞄を置いてもいいだろうと寝てしまっている奴」
「バスから降りて直ぐタバコに火をつけて、しばらく歩行喫煙、水溜りにポイ捨てする奴」
「缶・ペットボトル飲料飲み終わったら道路端に置いて行く、草むらに投げ込んでいく奴」
「気持ち良く流れに乗って車運転していて、スピード7〜80キロ、ま、いーっか」
「NHK視聴料義務じゃないし、NHKは見ないよ、あんな悪い事している奴らに払えるか、と払わない人」「ご苦労さん、国勢調査?プライベートなことには答えなくていいんだろう、俺の所はパスしてくれという人」
「何故か街の中にゴミ箱が殆どなくなったよ、家庭ごみだろうがなんだろうが、コンビニに持っていくしかないよ」
「バスの中で傍若無人に大声で話す人たち、うるさいんだよ、でもなかなか注意できない」

『仕事のため、生きてゆくためなら、構造計算書を一寸いじったりしても専門的な事は他人には判りはしない、大地震なんてそうそう来るものでは無いし、確認申請審査もすんなり通たし、見過ごされてびっくりした』 『大地震で建物が倒壊したら原因はいろいろあるし・・・・・・・・・』
安易なルール違反、マナー違反が大事になることがあります。
勿論、建築は早く、良く、安く、そして安全にですが、今回の事件の当事者達(建築主、監理者、設計者、施工者、官庁)はそれぞれの社会的責任が拡散しているようで、その重大さに気が付いていないことです
20日 火星と祝ー宇宙75歳誕生日

宇宙だより
遂に到達いたしました。
平成17年11月18日宇宙の75歳の誕生日 火星と祝いました。見上げた星空の光は何百光年かけてその光を私の眼に届いたと思うと不思議な気持ちになりました。
撮影した火星の写真をご覧下さい。みなさんのお陰です。感謝


「撮影はデジタルカメラ」(撮影場所;八ヶ岳高原ロッジ)
18日
介護老人保健施設見学  一丁
 
老人会の見学会に参加して、近くにある介護老人保健施設「コスモス」と関連施設を見てきました。
ここには、泉整形外科病院の経営する介護保険関係施設が集まっています。
コスモスは、自立支援のための施設、グループホーム「蘭」は認知症の人のためのグループホーム、「泉寿莊」は障害者の住居等です。
見学したのは、「コスモス」ですが、4階立ての堂々たる建物で、4階はケアハウスで屋上庭園からの眺望はすばらしいものでした。
2、3回が居住区ですが、個室には壁掛けテレビもあり、食堂、浴室などの設備も完備、車椅子のまま入れる機械浴室など、最新の介護設備が整っています。
介護保険の認定を受けた老人が対象で、リハビリのための設備で、ここで一生を送るいわゆる老人ホームではありませんが、ほかの施設も含めて、介護保険というものが、今の社会で、私などが想像するよりはるかに大きな存在なのを実感しました。
17日 平成17年10月1日開設された
ケアハウス J&B を訪ねて         りりー
J(おじいさん)B(おばあさん)の略だそうです
特養ホームおよびデイサービスも併用されています。
仙台市の中心部清水沼に一見してマンションと間違えるような建物です。(4階建て)

特養ホーム(長期50名ショート20名ユニットケア方式を採用
8人から9人で一つのユニットとし個人の尊厳と家庭的な雰囲気を重視するようにしている。)

ケアハウス(10室)個室になっています。
知人の入居している個室は明るい障子入りのワンルームですが居間とリビングの間に仕切りが半分されています。
木が組み合わされたしゃれた感じの仕切りです。
広いロビー談話室・交流室・娯楽室・食堂すべてドアがついていません。
入居の方が要介護になった場合も継続して入居できるようになっています。
屋上部分には広い浴室やゲストルームがあり外の景色を見ながら入浴できるようになっています。
まだここは使用されていませんでした。
新幹線が目の前を走っていました。屋上庭園もありテラスがついています。

現在10人とも女性でした。90歳代の方もおられます。
暖かい雰囲気が感じられました。
12日 美術展       弦気
 
11月は恒例の上野の杜参りで10、11日、家内と上京して来ました。
まず東京都美術館でやってる「プーシキン美術館展」最初で最後かも知れないが何たる混みよう、いくら名画だってこれじゃ騒音の中で名曲を聴くようなもの、2〜30分もかけず出て来る。

続いて日展、こちらは毎年見てるが、家内と連れ立って見るなんてことはしません。
1時間半後、待ち合わせ場所を決めてお互い勝手に見ます。
1区画ごとさっと見回して特に気に入った絵だけ立ち止まって見、次の区画へ、それで1時間半あれば充分。適当に疲れるので2Fの喫茶室でお茶を飲んで引き揚げます。

翌日はブリジストン美術館、ここはいつも人少なく静かで気持ち良い。
ここの喫茶室でコーヒーを飲むのは気分が良好。

家内はここのカレンダーが好きで友達2人も一緒にに郵送手配。

山手線で目黒で降り白金台の松岡美術展へ。私は陶器には関心ないが名画も一部あるので付き合う。
この美術館は庭樹がガラス越しに映えて都内とは別世界の落ち着きを感じさせる。

10、11日は両日とも東京としては珍しく仙台と同じ気温で涼しく助かりました。
紅葉はまだまだの感じです。
11日 日展        大丈夫

文明国として世界に誇れる芸術文化を育成しようという国策として、公設展覧会が明治40年第一回文部省美術展覧会「文展」が開催された。
以来、「帝展」「新文展」「日展」と名称を変えて98年にわたり日本の美術界をリードしてきた。
現在、日本画・洋画・書・工芸美術・彫刻5部門を持った日本最大の総合美術展として歴史を刻んできた。

11月3日から23日まで上野・東京都美術館で開催されています。
10年以上、毎年行っておりますが、今年も行ってまいりました。私はいつも開館と同時に入場し1日がかりです。
応募作品数の多さに比して入選数の低さ、プロの作家にとってもそれだけ大変なのです、現在の日本の美術界の最高峰・巨匠と称される人々の厳選された作品群に圧倒され、見終わり夕方出るときにはグッタリします。

今年は洋画部門で歌手ジュディ・オングの版画が特選になったことが話題になっています。
どの作品を見ても、作者の熱意・作品の迫力が伝わってきます。
歴史があり、権威があり、作品レベルの高い日本最大規模の公募展だということが実感できます。
機会があれば是非足を運んでみてください。
7日 回虫    一丁

韓国と中国製の「キムチ」から回虫が出たとかで騒ぎになっていますが、全部ではないにしろ、白菜などの肥料に人間の排泄物を施す地区が残っていれば、当然回虫等の寄生虫に感染するでしょうね。
私なども、田舎育ちなので、小学校の頃には、「虫下し」というクスリ(海人草と言いませんでしたか??)をよく飲まされました。
「サナダムシ」という長大な白い寄生虫を実際見たこともあります。

自然のリサイクルからすれば、人間が物を食べ、排泄し、それを肥料に作物が育ち、また人間が食べると言う循環は理想的ともいえますし、牛糞や、鶏糞を有機肥料などと尊重して、園芸店には売っているのに、人間のそれは汚いとか臭いとかいうのは当たらないと思うけど、回虫はちょっと困りますね。

昔は、回虫もいたし、蚤、シラミ、蚊などもいたけど、タニシやメダカや小鮒やヤンマもいて、世の中今より穏やかだったような気がします。
今は悪い虫もいなくなったけど、子供の遊び相手もいなくなって、親が子を殺し、子が親を殺すなど、悪い人間が増えたような気がします。

「進歩」の中の、「いいとこどり」はなかなかに難しいようであります。
12月
28日            わたしの今年特集

私の今年     弦気

1、市の家屋耐震診断第2次受診するも工期長過ぎるため断念し、代わりに県の土木
     次長紹介の設計事務所、工務店による改修工事実施。
2、ヴァイオリン10年振り調整、駒取替え。
3、ピアノ調律師の紹介のM嬢とスプリングソナタ合奏。次回「大公トリ
  オ」を目標とす。
4、大人のためのピアノレッスンお試しコース受講、3回のみにて止める。
5、8月16日震度5強の地震。被害なし。
6、左耳補聴器試聴するも効果なし。「美聴ハンディ補聴器」買う。
7、「せせらぎ短歌会」歌集作る。
8、胃潰瘍再発、去年の胃潰瘍治り切らない内に薬止めた為再発す。
9、短歌作りを数年前断念したが最近ちょっぴり創作意欲が出てきて
  朝日宮城版に投稿、2首載る。
10、眼鏡落としてレンズ割れ、アイザワでレンズ注文、ついでに読書用
  老眼鏡も5年ぶりで更新。
  

私の今年     大丈夫

1、 3月に完全にサラリーマンをやめたこと、今はボランティアのみ。
2、 絵画グループ展・スケッチ旅行など各種参加できたこと、来年は30〜50号に挑
      戦。
3、 98歳で親父が8月に永眠、看病・法事と一区切り。
4、 定年時に始めたウオーキング累計18,300`、目標地球一周40,000`であと
      22,700`。
5、 乱読・速読で今年は440冊、来年は精読・再読でたまった本は処分予定。
6、 運動能力・記憶力の減退からかゴルフスコアはまとまらず、英会話は覚えられ
      ないが、来年もあきらめない。

喪中の為、新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。本年はいろいろとお世話になりあり
がとうございました。
来年も又、たくさんの楽しいことを、気持ち良くやりましょう。
良いお正月をお迎えください。


わたしの今年    あかとんぼ

総論として、気力の減退を感じました。
各論として
1.七十路会年間23回の会合に1回のみ欠席。皆勤賞を逃がす。
2.七十路会の起原であるPCサロンは準会員になりました。
3.パソコン教室は81歳のMさんのホームページ作成の専任のみとなりました。
4.毎日曜日の実施の瑞鳳殿のボラガイド、年間52週にプラス?で自己年齢回を達成しましました。
5.瑞鳳殿ボラガイド、読売新聞・同HPで紹介、励みになりました。


私の今年   宇宙

1、沖縄で新年を迎え首里城で、お屠蘇を頂く、戦争中の激戦地訪問,冥福を祈る。
2、仙台悠遊ソフトテニスクラブ(会長は86歳男性)に入会(八月)
3、宮城大学の調査「運動習慣が中高年の体力に及ぼす効果の検討」に協力し6分間歩
  行テスト685m、状態起こし30秒17回で良の成績達成
4、「ブログ心」を公開して365日目の三月訪問者10,000件突破
5、「ブログ心」に「進化しすぎた脳(池谷裕二著)」を読んだ感想を記事にした。
  それを読んだ朝日新聞編集部より一行書評として採用を依頼された(匿名を条件に了とす)
  朝日新聞の出版広告欄に天外司朗さんの書評の隣の行に小さく載った(三月)感動
6、NHK文化センター仙台・泉教室講座「童謡・唱歌の世界」へ四月入講・九月に妖精
  の里・沼沢湖かねやま音楽祭に参加・宇宙の参加記事が福島民報に載る。
7、八ヶ岳高原を4月に散策中「希少絶滅危惧品種の翁草と幸福を呼ぶ鳥"クリビタキ
  と出会う」ここで宮沢賢治の名作「おきなぐさ」を知った。
8、高木東六作曲「空の神兵」この意味、なぜ神兵なのか解らなかったが
  「我が青春のメナド(小坂清見著)」を読んで75歳にして知った。感動
8、天外司朗さん・中村じゅあんさんジョイントin仙台に参加(7月)中国鬼谷算命占学
  の講習を受ける.天外司朗さんの講演「心の時代を読み解く」等々非常に感銘を受けた。
9、彗星探索家 有賀哲夫さんから八ヶ岳で星空撮影講習会を受講(11月宇宙誕生日)
はじめて火星撮影に成功
10、大腸潰瘍摘出開腹大手術してから6年半経過十二月の外科定期検診で検診終了宣告あり。


わたしの今年   一丁

1年が経つのがだんだん早くなるような気がする中で、今年も暮れそうです
■ 心臓の血管にカテーテルを入れる検査で、生まれて初めて入院を体験。
■ 妻のお母さんが92歳で天寿を全うした。
■ 羽黒山の石段のぼり、毎年これで最後にしようと思いながら、今年も登った。毎年スピードは落ちるが、ナントカ登れるのは嬉しい。
■ 土門拳記念館を見て、プロとアマの違いを痛感した。
■ 墓参にかこつけて姉弟会を催し、、一同で本家と菩提寺を訪ね、能登まで足を伸ばして、朝市を観光した。レンタカーを借りるという初体験もした。
■ PCサロンで担当していた役目をすべて退いて、フリーになった。
■ 21インチの大型モニターと新しいデジカメを手に入れて、パソコンでの映像処理が樂に楽しく出来るようになった。


私の今年         クラシック

信じられない様な速さでアッという間の一年間。嬉しいこと、悲しいこと、色々あった筈なのにいま思い返すと全てが淡い色彩の中に、ホンワカと浮かび上がって見えるだけ。
と、言うことは個人的には慨して可も無く、不可も無く過ぎたと云うことでしょうか、(そうそう自己管理の甘さでヒックリ返りましたっけ・・・)私の周りては穏やかに時が過ぎてゆき、優しく季節が移り替わって行きます。
地球規模では地震あり大津波あり、日本でも北陸の地震に大雪と苦しんでいる方々が多いのは心の痛むおもいです、中東の戦争も気になります、子供達が可愛想です罪のない多くの子供達が・・・。何時も思うのです、この大きな宇宙のなかの小さな青い地球星がせめて人災だけでも無くなって、ほんとに輝く平和な美しい地球星になってくれたら・・・と。
個人的には孫が一人増え私は幸せです。世の中の事に「心をふるわせながら」も結局は私はささやかな募金をして又新しい年を迎える事になるでしょう。そして、また少しバアバになるでしょう 。
   ハッピー ニュー イヤー


私の今年    りりー

嬉しかったこと

大病でどうなることかと心配していた八十二歳になる姉が元気になって退院できたこと。
遠方に住んでいる姉妹に会えたこと(秋田市と山口市)

今年印象に残った本
  火天の城  山本兼一著 
  
  信長が築いた安土城を棟梁たちを主人公にして書いてある。あの信長が施主ですからすごいドラマがあり 面白かった。
  
  ユルスナールの靴  須賀敦子著
  霧のむこうに住みたい
  ミラノ霧の風景 コルシア書店の仲間たちなど
  
  須賀敦子全集には手に届かないが惹きつけられる未知な場所懐かしいところに連れていかれ人々の息づかいまで伝わってくるような本だ。

27日 手書き文字     あかとんぼ

賀状は 手書き それも 毛筆 でなければと凝る方います。
その方々は 一般的には機械印字が出来ない方です。
これからの時の流れに即応しているのはドッチだ、悔しいかと、ブツブツ云いながらも、でも毛筆の手書きは味があるな、負けると内心思いながら、毛筆体で印字しています。

秋に、自分の書いた文字が「まるで手書き風のフォント」になるソフトが発売されました。
気力は衰えても好奇心は衰えない「あかとんぼ」は挑戦しました。
ワードのフォント欄に「あかとんほ」と登録され、実用化しました。早速作文をして、身近な人に見せました。癖・個性が強調され読みにくいとの評でした。
当然でしょう。生来の悪筆故に 機械に頼ってきたのです。
今度は、癖・個性が強調されない手書きフォントに挑戦してみます。それでも、あかとんぼの手書き風として納得して貰えるものになるでしょうか。

機械と生身・個性の融合は 何処まで出来るか、軽く考え込んでいます。
25日 シクラメン  一丁

冬は咲く花も少ない中で、シクラメンは花期も長く、寒さにも強いようで、わたしの部屋にも一鉢置いてあります。
和名は「篝火花」だそうですが、最近は赤い色だけではなく、花の色もいろいろあるようです。

ところでこの花、花弁反り返って咲きます。

どの時点で反り返るのか、つまらないことに興味を持って、つぼみから、咲くまでを写真に撮って見ました。
師走で何かとお忙しいお方も、一休みしてご覧あれ。

23日 夕陽             弦気
 
 夕陽のこともう一つ加えます。私は東北の太平洋側は奥羽山脈に遮られて海に沈む夕陽は見られないものと諦めていましたが、そうでもないと教えられました。
石巻市に万石浦という所があってそこは夕陽がきれいに見られるところであると。確か教え
てくれたのは赤とんぼさんじゃなかったろうか。
旅館はその名も綺麗な「華夕美」、万石浦に沈む夕陽の情景は旅情を一層かき立てるなどうたい文句にある。
地図で見るとこんな小さな湾で果たして海に沈む太陽が見られるのだろうか、ちょっと意外ではあるがそのうち是非一度行ってみたいと思っている。
22日 ALWAYS 三丁目夕日 を観て  りりー

評判を聞いての久しぶりの映画鑑賞です。
東京タワー建設中の昭和33年、情緒ある下町の住民の家族の触れ合いを描いた映画です。
あの時代の懐かしい風景や初めて見るテレビの新鮮な驚き洗濯機、冷蔵庫、扇風機次々出てくる便利な新製品の数々。
集団就職の上野駅の様子。夢と現実の落差。
狭い路地を体を斜めにしながら通り抜ける元気な子供たち親子間の厳しいながらも暖かい触れ合いなど美しい夕焼けを背景に見られます。笑ったりほろりとしたり二時間余り飽きずに見ました。

上映時間に5分ほど遅れて真っ暗の部屋に入った時、きくさんから戴いた優れものが大いに役に立ちました。嬉しかったです。
20日 夕日考   大丈夫

夕日は私の好きなものの一つです。
私のパソコン・スタート画面には常に何処かの夕日の写真が「背景に設定」されています。
昨年見たアメリカ・グランドキャニオンの朝日も素晴らしかったけれど、10年以上前に見た青森県深浦町・不老不死温泉の日本海海岸・露天風呂に浸り眺めた落陽は印象に残っています。
真っ直ぐに目線の先、波頭の向こうに沈んでゆく夕日はほんとうにセクシーでした。
「吾もまた、夕陽の中に、溶けてゆく」
インターネットで世界中の夕日の写真映像を見ることが出来ます。
勿論、山・平野などの落陽もよろしいのですが、陸地よりも海に沈んでゆく夕日は最高ですね。
写真映像からは風・海の香りと、潮騒の音が感じられます。
来年、是非また日本海の夕日を眺めに行きたいと思います。
19日 夕陽         弦気

今日19日、七十路会HPの扉絵が夕陽の写真に変りましたが、「夕陽は沈まない」これはシニアネット仙台の原点になった河北新報社編の本(中高年の生き方実態の探訪記を纏めたもの)の題名 です。
「初夢や 夕陽は昇る 七十路かな」    
これは七十路会の原点になった弦気作の川柳です。
私は朝日より夕陽が大好きです。夕陽は何といってもドラマチックです。
絢爛たる夕陽!夕陽が沈むように死ねたら良いだろうなあ
雪かき     あかとんぼ

 今朝の大雪は公式には七センチ 実際は倍の積雪でした。雪かきを楽しみました。

「明朝は積雪があるでしょう」と夕食時に天気予報が出たら、夜更かしなしで、早々に就寝します。
うっかり 寝過ごすと 向かいのオジサンが雪かきする音がガラガラと聞こえます。
向かいのオジサンも雪かきが好きなのです。ウッカリしていると向こう三軒両隣の門前・路上の雪かきを綺麗にしてしまいます。
せめて、自分の門前・路上の雪かきをする楽しみを奪われない為には、早起きすることなのです。
今朝は大雪に音が吸われたのか、ガラガラが聞こえずウッカリしていたら、「なにしているの もう 始まったよ」の声にいそいでで出ました。
自分の権益?は確保しました。

 このオジサンに「好きですネー 上手ですネー 生まれ育ちは?」「ハイ 北海道です。雪の降らない仙台と云われ 引っ越してきたのに ふりますネ」とニコニコしながらの返事でした。

成る程と納得しました。雪かきマニアルが同じ雪国仕様なのです。
車も人も歩きやすく、塀や屋根からの落雪にも心配ないようは、道路中央から塀の方向に雪を寄せます。

 秋田で一緒に仕事をした、先輩・同僚・後輩の諸氏、仙台転勤となり、そのまま、永住しました。宅地を求め永住を決意した際のセリフ。一様に「冬でも青空がある。
雪かきしなくていい」でした。
でも、先日の忘年会で語っていました。「雪かきは楽しい」と。
雪かきマニアルはやはり同じ雪国仕様でした。
18日 平成17年最後の談飲会に参加して 宇宙

平成17年最後の談飲会が12月17日「萩の茶屋」であり歳を重ねた人の心と身体の老化についての話が湧いた。私こと宇宙も11月に75歳を迎え会員の方々から祝福の、お言葉を頂き幸せであった。「幸せとは毎日々が何事もなく静かに時を刻んでゆく流れに乗って行くことが最高の幸せと思う。
オリオンさんと言う方から誕生の言葉に馬場あき子さんの短歌を添付し贈られた。

「まはされて みづからまはりゐる独楽(こま)の 一心澄みて 音を発せり」

馬場あき子さんは次のような心境を歌われたと思われる。
「この私も、人に指導されて(あるいは神の力で)この道(短歌の道のことか、あるいは人生のことか)にはいったのだが、コマのように、いつかは寿命が尽きるかもしれないが、それまでは無心で回り続けたい」。

この独楽の心が青春と思う。宇宙も無心で生きて行こうと思った。感謝
文芸春秋新年特別号      大丈夫

久しぶりに文芸春秋を買いました。
新年特別企画、各界オピニオンリーダー32人が選ぶ今の日本の時代を読み解くキーワード『三つの言葉』
各人が『三つの言葉』を挙げて、それらを解説するという趣向。
文学の衰退著しく、小説など読む事も無くなり、新聞は見出しだけには目を通し、メールだ・ブログだと言いっ放し・書き散らし・たれ流して忙しくしている現代人。
そいう我々にとって800字という文章のコラムは読み易いものです。
一方、短い文章は短い挨拶と同じようにまとめるのが非常に難しいものです。32人ともさすが文章の達人、簡潔にまとまっています。
人選もまずまず、しかしこの手の企画にはクライシスモンガ―(危機を煽る奴)や、必要以上に大物ぶったり預言者的な発言をする奴はやっぱりいます。

なるほど、そしてウーンとうなりました。印象に残った3人
   ・ 天外伺朗 『パラダイム・シフト』 『合理主義の破綻』 『意識の成長・進化』
今非常に大きなパラダイムシフトが起きている―――今は個人や企業の剥き出しの欲望を推進力とする「競争社会」だが、次は競争を是としない「成熟社会」であることがわかる。その担い手は、学校や企業での競争を拒否した「引きこもり」や「ニート」だと言ったら、皆さんは驚かれるだろうか。
   ・ 森永卓郎 『構造改革』 『自己責任』 『自暴自棄』
小さな政府をつくって、資源の配分を市場原理に任せようとする「構造改革」は大きな所得格差をもたらす。そうした大きな格差は能力や努力の結果だけでもたらせたものではなく、運で決まる部分も非常に大きい。市場原理の強化で殆どの人が下層社会に落ちてゆくが、その後、彼らはもうはい上がれない事を良く知っている―――。
   ・ 車谷長吉 『無関心』 『好奇心』 『おしゃべり』
―――日本の精神風土はTVに席巻され「無関心、好奇心、おしゃべり」の時代を迎えたが、この異常な情報過多に翻弄され、空騒ぎを繰り返し、ただ虚しく生死を消費してゆく―――   

本、特に週刊誌・月刊誌などの定期刊行物には当たり外れが多いものですが、
今回の文芸春秋は読み応えがありました。700円では安いと思います。            
     
16日
ある詩との出会い         クラシック
 
先日リリーさんから一本のテープを拝借しました、思いがけない懐かしい出会いでした。
そのテープは「サミュエル・ウルマン青春の詩」。
そう かれこれ17,8年前にも成りましょうか、私はその頃やむを得ぬ環境の変化から、やみくもにただ働くだけの毎日でした、物事や人生を深く考える心の余裕も時間もなくむしろそう云う事は意識して遠ざけていたと思います。わずかに希望と言えるのは息子達の成長だけ、私の心は疲れ果て萎えて老人の様でした。
そんな時ある方からウルマンの詩を紹介され励まされました、ウルマン氏とその方に背中を押されたのです。『青春とは −−」に始まるこの詩は以来私を励まし見守り続けてくれ仕事を辞めるまで私と共にありました。
いま改めてリリーさんのテープを聴き詩を手にとって読みかえしています、老いていく今こそじっくりと味わい気力を戴けるような気がします。(ただし訳者によって表現に多少違いがあるようですが)

       青春                 サミュエル・ウルマン(岡田義夫訳)
 青春とは 人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ
 優れた創造力、逞しき意志、炎える情熱、勇気、安易を振り捨てる冒険心、こうゆう様相を
 青春と言うのだ。
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
 歳月は皮膚の皺を増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
 苦悶、疑い、不安、恐怖、失望、これらのものが人を老いさせ、精気ある魂を芥に沈めて
 しまう。
 年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か、曰く驚異への愛慕
 心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅
 な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。
  人は 信念と共に若く 疑惑と共に老いる。
  人は 自信と共に若く 恐怖と共に老いる。
  人は 希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
 大地より 神より 人より、美と喜悦 勇気と壮大 そして偉力の霊感を受ける限り、人の
 若さは失われない。
 これらのものが絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥まで覆いつくし、皮膚の厚氷がこれを固
 くとざすとき、人はまったく老い朽ちる。
10日 日記   あかとんぼ

5年連用日記のページも残り少なくなり、間もなく完結です。
と申すことは、5年間 無事生きてきた証です。

日誌のつけ始めたのは高校生時代で、ノートでした。博文館の単年度日記になり、ある時から3年連用になり、5年連用日記になりました。

5年連用日記に切り替えた時、若干悩みました?
果たして、5年間書き続けられるか、もしかして、途中で 川を渡る旅に出て、書けなくなるかもしれない。そうなれば、白紙のページが残る。それは「勿体ないな」「悔しい」とのヘンナ発想からです。

こんな詰まらない発想を持ちながら、5年連用日記の4冊目が終わるところです。
さて、5冊目です。

若い時は1頁たっぷり書いていたのが、3年連用から、5年連用で 間に合うようになり、最近は、天気以外の記事が2行で終わる日もあります。まさに10年連用でも間に合う位 書くことが激減しました。

さて、これから10年間 日誌を書け続ければ、八十路です。気力・体力・寿命が続くのか?
ウンーと考え込み 10年連用日記を買うのを諦め、之までと全く同じ装幀の5年連用日記を買ってきました。これなら、白紙のページを残すことはないだろうなと思いつつ。
高齢化雑感    宇宙

仙台市内の町内会のなり手不足や住民の関心低下してることが、東北都市社会学研究会が町内会長を対象に行ったアンケートで分かったと河北新報9日付夕刊で報道されていた。
朝、町内を散歩していてすれ違った人に「お早うございます」と声をかけると大抵は笑顔が無く無口で会釈だけが多くなった。団地道路脇に「〇〇家」の案内看板が目立って多くなっている。子供たちの登校する姿を見ると心が和むが!声はかけられない 「知らない人から声をかけられたら注意」と教えられているのだろう 昔は子供の方から「お早うございます」と明るい声をかけられたものだが・・毎日の如く悪者の手にかかる子供が多い世相になった。したがって高齢者達は益々無口で無表情で散歩することになる。これからも平均寿命は更新される傾向にあるが良い事なのかな〜と思う。
「八十歳が 下座に並ぶ敬老会」と言う川柳がでるようになった。「物騒な日本も やがて銃社会」・・・これはごめんだ 午前9時ころのバスは殆ど老人乗客である、通院が目的である。「老人(宇宙)が 老人に席を譲る」ことが多くなった。
平成17年も矢のように過ぎ去る。「アッという間に飛び去る今年・・・来年はゆっくり走って欲しい!」ある86歳の先輩から出た言葉にすかさず相槌を打つ宇宙サムエル・ウエルマンの「青春の詩(うた)」を”りりーさん”からお聞きした。
「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う・・・・・」と青春とは心の若さである。来年は宇宙も「喜寿の青春だ!」宇宙に限りなく近ずく。

9日 年賀状        弦気

大丈夫さんは500枚も年賀状を書くようですが随分多いですね。     私の身近な者は大抵多くて300枚少なくて50枚(主に女性)、サラリーマンOBは2〜300枚が一般的だという印象です。
 世の中には3千枚も5千枚も書く人がいるらしいが、そういう人は何かしらユニークな人が貰って喜ぶようなものらしいですね。書く人もそれが楽しくてし様が無いと言う感じです。
 代議士は秘書に書かせて何千何万枚送ろうが、これは年賀状の最低の見本と言うべきでしょう。
 
 私は以前は200数10枚でしたが、70才になった機会に半分以下に減らしました。単なる儀礼的、惰性で交換している人、年に何度も会ってる人、好きでない人、これらの人には前もって年賀状廃止を宣告しました。今は約90枚です。枚数もこのぐらいですと書くのが苦にならず助かります。
5年ぐらい前からスケッチ画をプリンターすることにしています。パソコンと連動させることがまだ出来ないのでプリンターは単にコピーするだけです。

 私が年賀状に写真を載せたのは48年前、結婚した年でした。といって新婚夫婦の写真ではありません。当時鎌倉の材木座海岸のすぐ傍に間借りしてましたので海岸に出て砂浜に棒で「賀正」と書き漣がその傍まで来たところを撮ったもので吾ながら芸術写真としても上々と思ったし、大分評判も良かった。
 その後毎年写真を載せたが、いつの間にか控えが1枚も無くなってしまったのは残念です。
 
 決まり文句を印刷しただけの年賀状ほどつまらないのはありませんね。でも90歳ぐらいの人の年賀はたとい印刷だけでも生きてるよと報せて呉れるようでうれしいものです。
 普通の倍の大きさの年賀状に近況を細かい字でびっしり印刷して寄越す男がいます。内容にもよるがこういうのは年賀状には不適ですね。
 私は昨日、今年の年賀状は書き終えました。
6日 年賀状     大丈夫

今の時期、皆さん年賀状書きにで忙しい事と思います。
私はというと根が不精者ですから、追い込まれないとその気になれなくて、毎年12月も押し詰まって500通弱の宛名書きでふうふう言っているのが恒例です。
今年は、8月に親父が永眠いたしましたので、「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます――」と年明けの「寒中お見舞い申し上げます――」
2本立てでいこうと思っています。
日本では欧米のカードをやり取りする文化は今もって定着いたしません。メールもありですが、やはり昔からの葉書による年賀状がよろしいですね。
先日、日本経済新聞にアンケート調査による『もらって良かった年賀状』 順位がでていました。
      1、手書きでコメントが添えてある (温か味を感じますね)
      2、本人や家族の近況を報告する文章がある (親しみを感じます)
      3、文章やデザインがユーモラスで笑える (ホッとします)
      4、デザインや内容が毎年違う (新鮮です)
      5、手書きの字がきれい (うらやましい)
      6、家族全員の写真が載っている (そうかー)
      7、水彩画や水墨画など凝った絵が描いてある (才能だなー)     
      8、全て毛筆で書いてある (こういう風に書けたらなー)
      9、芋判や木版など版画を使っている (やるねー)
      10、和紙等手づくりした葉書を使っている (やるねー)
      11、貼り絵やちぎりえを使っている (忙しいのにねー)
      12、サインペンや色鉛筆などで描いたイラストがある (誠実だなー)
      13、干支の文字や絵だけのシンプルなもの (センスだ)
      14、今年の抱負や決意などが書いてある (偉い、俺もがんばるぞー)
これらに対して『あまり印象のよくない年賀状』は
      ・ 謹賀新年など決まり文句だけや仕事上の儀礼的なもので、手書き
                 のコメントの無いもの
      ・ 受取人の名前や住所を間違えているものや差出人の名前を忘れ
                 た もの
      ・ 自慢話たらたらのもの
しかし、どんな年賀状でももらえばうれしいもです。
年賀状は出しましょう。
5日 12月5日    「我が闘争」    弦気

 これはメーリングリスト「日米井戸端会議」に投稿したものです。

  
 秋山さんの回想記、 お互い勤労動員で軍需工場で働かされた年代、共鳴するもの多々あり、懐 かしくさえあります。
 私が終戦直後のことでいつか確かめたいと思っていたことがあります。
 8月15日から1ヶ月ぐらい経ったころだったと思いますが、私の友達が駆けつけて 来て「マインカンプだ、マインカンプだ」と言ってヒットラーの「我が闘争」と
言う 本をかざしながら、「うちの兄貴がこの本を読めと言ってる、」と興奮気味に云うので す。(彼の兄貴は秀才の誉れ高き男)
 彼は「戦争に負けるとどうなるか、この本によーく書いてある、本屋にまだあるから 早く買って読め。」と言う訳。
 確かにあの終戦直後は日本は戦争に負けた経験が無い為、敗戦とはどういうことか、どうなるのかが分からず想像するだけで流言蜚語に惑う常態だった。しかし第1次大戦で負けたドイツの有様を仔細に書いたのがヒットラーのマインカンプ(我が闘争)で当時今で言うならベストセラーだったらしい。
 私は手にした覚えはあるが読んだかどうかまったく記憶にないんです。でも今から1 5年ぐらい前に図書館から借りて読もうとしたが難解な文章で中学生の私には理解出来なかったんだと思う。
  後日談だが会社の先輩にはあの本を読んで敗戦後、土地は必ず暴騰すると知り、彼 は会社その他から借りられるだけ金を借りて都心の土地を買い、あとで大儲けをした と言う話を聞かされ、やっぱり頭の良い奴がいるので感心したものです。
 あの紙不足時代に本屋で沢山売れるほど本があったということは政府が特別国民に読ませようと特別な施策を施したのでしょうか。
 我が闘争に関する逸話はあまり目にしないのでどなたかその辺ご存知の方はいらっしゃらないかと思ってる次第です。
4日 初雪   一丁

朝起きて、ワン公と散歩に出ようとしたら、屋根がうっすら白くなっていました。初雪が降ったようです。
寒さに弱い蘭や、サボテンの類が、私の部屋にも避難してきました。
この頃では、栽培技術が進んで、草花は安い値段で売っていますので、花の時期にあわせて購入し、終わったら処分してしまうほうが合理的なのですが、花好きの女房殿は、冬越して育てるのも楽しみのうちだと思っているのでしょう。

まあ、部屋の中に緑があるのも悪くは無いのですが、時々は水遣りが必要です。人間でも、植物でも、水が生きていくのに必要なことがよくわかります。その水が、水道の栓をひねれば幾らでも出てくるのは、当たり前だとは言いながら、有りがたい事なのかもしれません。

蘭などはこれからいい匂いのする花を咲かせるものもあることだし、縁あって同居したからには、枯れない程度には、面倒見てやることにしましょう。

「二十四の瞳」オリジナル版をDVDに録画して見ました。
昭和29年に上映された木下恵介監督、高峰秀子主演のこの映画、勿論黒白だし、当時の録音もよくは無いけど、しみじみと見ました。「故郷」に始まって、「仰げば尊し」に終わる唱歌や童謡もよくて、しっかりした作品は年をとらないなと思いました。